写真家 藤里一郎さんと、モデルのふなこしはじめさんによる連載企画。

 

記事とあわせて、こちらの「Youtubeラジオ(音声のみ)」もぜひお聴きください。
(※良い声なのでイヤホン、ヘッドフォン推奨です)

 

第1回「Ima と Moto」文:藤里一郎

ローマ字にしてみたらちょっとのオシャレ感。
この感覚はどこか女性ポートレイトを語るにあたり共通点がある気がする。

 

 

藤里の作品で必ずと言っていいほど語られる対象になるのが関係性と距離感だろう。もちろんリアルなソレには敵わないのだが、グッとくる作品にするにはどうしたら良いのだろうか・・・。

いつも僕がしている妄想の話を少しだけしてみよう。
可愛く魅力的なコと特別に用意した最上級な非日常よりも、ごくごく当たり前な日常を共に楽しくとびきりの笑顔で過ごせたらこんなに素敵な事は無い。
朝、目が覚めると彼女がいてくれる。僕の脱いだ大きめの白シャツをはおって、珈琲を淹れてくれている。あぁ、ずっとずっとこの景色を見ていたい、そして大切に思う。

 

これが、僕の考える「今」だ。現在進行形な関係と見守る、愛おしく思う、という感情が出てくるのだ。
そんな今は沢山切り撮りたい。そう、切って切って切りまくればいい。

 

 



 

 



 

では、「元」を考えてみる。「今」の対義語はおそらく「過去」だと思うが、ここはあえて「元」にしてみた。
関係値において真っ先に思い出す元がつくのは、「彼女」、そう元彼女だ。

 

では元彼女とは?
「今」で当たり前に過ごせていた事が、もうなくなってしまったという寂しさ、哀しさ、懐かしさ。そんなワードが浮かび上がる。そして今を妄想した物語そのものが想い出となり、過去になってしまうのだから、これまた妄想が楽しい理由なのだろう。
では、どう今と元を表現出来るのか。
もちろん、かっこたる正解は無い。そして観てもらう方へ妄想を委ねるということをするのが写真の曖昧さでもある。しかし作者の想いは写し込まないと何も感じてもらえないのだ。

 



想いを写し込むにはどうしているのか。僕の場合、ほんの少し呼び方を変えてみるのだ。勘の良い子は呼ばれ方ひとつで、いまどういう自分なのか、という事を察してくれるのだ。
大げさな台本なんか要らない。撮影コンセプトも要らない。ただそこに居てくれるというシンプルな状態を感情に任せて写していけば良いのだ。

 

ふなこしはじめ は、全方向へアンテナを張り巡らしているコだ。よって僕の呼び方1つですぐに今カノ感、元カノ感を出してくれた。「はじめ」と呼ぶと、大好きな今カノと共に過ごす時間。ラブラブな笑顔ばっかりな作品だったり。「はじめさん」であれば、ちょっと距離感を出して、元カノ感を演じてくれたり。こんな妄想の中に居られるなんて、写真家冥利に尽きることだ。




そんな2人の時間や空間を切り撮るにあたり、今回はK-3 Mark IIIにsmc PENTAX-FA 31mmF1.8AL Limitedをチョイスした。この組みあわせは持った瞬間に「勝てる」って感じさせる組みあわせだ。もちろんカメラの設定にもよるが、少しノスタルジックな空気にもなる、また描写特性の柔らかさを存分に発揮し、触れてみたい程の肌に仕上げてくれるのだから。

 

 

僕らLimitedな関係性や距離感を表現するには最高の1本だろう。

 

〔こちらの記事でご紹介した製品の情報はこちら〕

>>PENTAX K-3 Mark III製品ページ