こんにちは

ちょっとマイナーなカメラや写真も好きな商品企画の大久保(以下O)です。

日ごろ生活をしていて、カメラを取り出して写真を撮るときは何がトリガーになっていますでしょうか?
インスタ映えするシーンを見つけた時、つまり虹が出たとか、猫がいたとか日常と少しずれた何かを感じた時でしょうか。
私は写真をよく撮るのですが撮るときはあまり意識していません。大体は何かを撮影しようとカメラを持って歩き、何らかの視覚情報に脳内のセンサーが無意識に反応してカメラを構える感じです。

では、この写真はどうでしょうか。

モノクロではありますが温かい笑みを浮かべた男性がほうき?やビニールシート?に体をゆだねています。
背景には広告もあり都会の街、それも繁華街であることがわかります。上から光が当たり何かいいことでもあったのでしょうか。見ている側も少しいい気分になります。
空?を見上げる笑顔が素敵ですね。どんな会話をしているのか考えてしまいます。

一方でこちらの写真はどうでしょう。

男性が個室でシャワーを浴びています。
足元は暗く、上の前歯がなく、目線は外れていますが何かを叫んでいます。少しぶれているので動きを感じます。シャワーを浴びているのに快適さを感じません。
なにか怒っているのでしょうか。心配してしまいます。

いずれの写真も写っている人の感情が伝わってきます。この写真は何がトリガーになってカメラで撮影したのでしょうか?映画のように演じてもらっているのでしょうか?
これらは久保田良治さん(以下K)がカナダで8か月暮らしたときに出会った人たちを撮影した写真で、リコーイメージングスクエア東京のギャラリーAで開催されている「A Door of Hope」からの抜粋です(>>写真展概要)。

写真展会場の様子です。

久保田良治

 

 

 

 

 

 

大学卒業後、ニュージーランドのスタジオ勤務、カナダで写真のアシスタントをする傍ら、様々な国でドキュメンタリー作品を制作。
内藤明氏との対談はこちら(>>特別対談
AERA.comのインタビュー記事はこちら(>>カナダの路上生活者向け滞在施設で過ごした8カ月間を写した記録)

<写真を撮るタイミング>

久保田さんとお話をする際に気が付いたのですが、久保田さんは1冊の写真集を持っていました。
ファイニンガーの写真解説を行った際に見た「The Best of LIFE」です。写真を中心としたグラフ誌(ニュースを写真で紹介する雑誌)の総集編です。

なぜこの本を持っているのでしょう。やはりドキュメンタリーでもある報道写真に興味があったのでしょうか?
O:この本の中に気になる写真や写真家がいるのでしょうか?
K:当時この本は買えなかったので、高校の図書館で見ていました。その時は誰が撮ったかもよく分かっていなくて、記憶に残っているのは写っている人達の姿ですね。ジャンルとかはあまり区別せずに読んでいました。
高校生だったので、写真集というよりは歴史の本だと思っていたのかもしれません。歴史の場面を見るような感じで、面白そうな所をいろいろ読んだりしていました、、、(ページをめくりながら)社会党の浅沼委員長暗殺事件の写真はすごいなと思ったのを覚えています。

久保田さんはあまり特定の写真家に思いを持っているように見えません。しかし、人間に興味があることがうかがえました。では、写真を撮る動機がどこから来るのか気になりました。

O:内藤さんとの対談で、写真に興味を持ったきっかけを問われ「目の前にあるものがいつかはなくなってしまう当たり前の存在ではないことに気が付いた」と答えられていました。
何かの写真を見て何かを感じたということではないし、何か具体的な経験があったのでしょうか?
K:何か特別な出来事があったわけではありませんが、そのように感じたきっかけはいくつかあったかもしれません。例えば、高校1年の終わり頃の話です。
その日は卒業式で、雨が降っていました。式が終わって教室に戻り、ふと外を眺めると、スーツを着た3年生達が傘をさして、足早に玄関から出ていくのが見えました。そして不意に、それまで当たり前のようにいたあの人達は、もうここに戻って来ないのだということに気づいて、すごく驚いたんです。そしてその光景を、その時偶然持っていた使い捨てカメラで撮ったんです。恐らくそのような経験が何度もあり、いつもカメラを持ち歩くようになったのではないかと思います。

O:それは意識せずに撮っていたのでしょうか?
K:意識しないというか、結局そういう瞬間が訪れるということなんです。
「あ、これ写真に残したい」という瞬間がその時その時にあって、その時カメラ持っていたから撮っただけなのです。最初がいつなのかは思い出せませんが、気づいた時には写真を撮っていて、それを今でもずっと続けています。
当時は写真を仕事にしようとは全く思っていませんでした。撮りたいから撮る。その動機の部分に関しては、今も変わらないですね。

記録したいから写真を撮る。
文字に書くとこれだけですが、久保田さんは意識せずに物事の変化の状況を見ていて、無意識に変曲点を察して、写真を撮っているように思えます。
つまり、写真を撮ることが日常生活の一部になっているのです。
久保田さんは学校卒業後、海外で仕事を探しています。写真の仕事がしたくて海外に出たと思うのですが、なぜ写真の仕事をするために海外に行かれたのか気になります。

:これまで色々な仕事を経験したんですが、ある時、生活する中で自分が一番時間を費やしていることは何だろうと振り返ったんです。
それが写真でした。
だから単純に、それを仕事にすればいいんじゃないかと考えたんですね。ちなみに海外へ行ったのは、誰も助けてくれない場所で、自分を試してみたかったからです。
O:自分に厳しいですね。ニュージーランドからカナダのトロントへ移られてますね。
:ニュージーランドでは、スタジオの下働きをしていました。
現地で知り合ったの若い写真家志望の人達は、自分よりも早くアシスタントの仕事を見つけていました。彼らは着実に経験を積んでいるのに、一方で自分はスタジオの壁を白いペンキで塗っているわけです(笑)。
そこで、写真産業が小さいニュージーランドよりも、国としての規模が比較的大きいカナダに行った方が、チャンスがあると考えたんです。
なので、2018年にトロントに行きました。

<仲間たちから学んだこと>

カナダにはシェルターという一時滞在施設があります。様々な理由で路上生活をしなければいけなくなった時のセーフティーネットのひとつです。
トロントには2008年当時で5 つの市営シェルターを含む 65 のシェルターがあったそうで、施設は増加傾向にあるようです(「カナダにおける社会福祉サービスの提供」より>>リンク)。
日本では「年越し派遣村」が近いと思います。カナダのシェルターを調べると犯罪が多いなどネガティブな内容が多いです。久保田さんはそのシェルターで8か月を過ごしました。

O:カナダの冬は寒いですよね。シェルターでの1日の生活はどのような感じだったのでしょうか?
:シェルターには50人程入れるドミトリー(相部屋)があり、2段ベッドが沢山並んでいました。そこで休めるのは夜から早朝までで、それ以外の時間は外に出ないといけなかったんです。そこでどう過ごすかは人によって違っていました。
冬はいかに寒さを凌ぐかが最大の問題で、多くの人は図書館で過ごす場合が多かったです。図書館には暖房、水、トイレ、本、インターネットがあり、必要なものはすべてそろっていましたから。

食事は「フードバンク」を利用しました。フードバンクでは、生活困窮者向けに、温かい食事を提供しています。シェルターでもバックランチ(紙袋にサンドイッチ:固いパンに肉のパティとマヨネーズが入っている)と呼ばれるものが出ましたがなかなか、、、もう一生分食べたかなと思います(笑)。
O:シェルターで生活し始めた頃は、怖かったんじゃないでしょうか?
K:カメラは抱いて寝てました。カバンもファスナーを鍵でとめて、盗まれないようにしていました。
O:生活に慣れてきてから写真を撮り始めたと思うのですが、どのタイミングで撮り始めたのでしょうか?
K:シェルターで生活し始めた頃は生きることに必死だったので、写真はあまり撮っていなくて、街の風景を撮っていたくらいですね。
その後、トロントで銃の乱射事件があったんです。シェルターのテレビで流れていた朝のニュースで知って、そこにいた誰かに場所の名前を聞いて、現場に行ってみたんです。
そうしたら、色んな人の、色んな感情が渦巻いていて。これはもう撮れということかなと。多くの人が現場を訪れて花を手向けている一方で、近所に住んでいる人は犬の散歩をしていたりするような日常もあったりして。そうやって写真を撮っているうちに、徐々に色んな人達と知り合っていって、シェルター生活の方も少し慣れてきて、最初に撮った写真がこれです。(冒頭のシャワーの写真)。彼とはシェルターの外で知り合ったのですが、訳あって僕のいたシェルターに入ってきました。撮影は絶対断らない人で、強烈な出会いでした。それで、ある日シャワーを浴びようとすると、ボイラーが壊れていて冷水なんですよ(笑)。で、皆で罵詈雑言を叫びながら入浴するその光景がお祭りみたいで面白いなと思って、彼を撮影したんです。

このシャワーの写真は楽しんで撮っていたようです。確かに湯気が出ていません。冬に水のシャワーはきつそうですが、話を聞いてからは楽しいシーンに思えてきます。

O:ポートレートは顔のアップが多いですね。画角が広いGRIIをお使いなので、かなり近くに寄って撮影されているように思います。なぜアップを撮ったのでしょうか?
K:顔を撮りたいというより、単純に「近づきたい」と思ったんですね。この人達を知りたいから、近づいたんです。近づいて行ったら、結果的に顔の写真になったんです。

O:今回の写真展は、路上で生活をしている人たちをモチーフにしていて、重いテーマ性を感じます。そのような認識はありますでしょうか。
K:自分としては重いテーマかどうかということではなくて、自分の身の回りにいた人達、仲間達を撮るという、それまでやってきたのと同じことをしていただけです。自分としては重いテーマだから撮ったということはないです。
O:そうなのですね。写真だけを見ると重いテーマと受け止めてしまう可能性があると思います。東京では路上生活者に対する風当たりは厳しいと思っています。カナダではどうでしょうか?
K:カナダでも風当たりは厳しいです。皆それぞれ異なった理由があって、シェルターに辿り着きます。身体や心に生きづらさを抱えている人だけでなく、個人の力ではどうにもならない大きな力に翻弄され、打ちのめされた人もいます。
しかし、そうしたことに目が向けられるのは稀で、大抵は怠けているからそうなるという目で見られるだけです。
僕はよく何時間も路上に座って、人が行き交うのを見ていました。僕らに対する大半の人の視線は、この写真のようなものです。つまり、上から見下ろすような視線。ただ、それでも見てく
れるだけまだマシで、大半の人は見ようとさえしない。だから、自分達は存在しないんじゃないかとさえ思いました。


O:その存在しないように思われてしまう人たちに光を当てて見てほしいという思いがあったんでしょうか?
K:それはあったかもしれないですね。ただ、これだけは言っておきたいのですが、食事等を持ってきてくださる方も沢山いました。教会の活動の一環でやっている方もいれば、全くの個人的な信念でやっている方もいます。ある時、個人でやっている方から煙草をもらったんですが、煙草を配って、そのまま立ち去っていくんですよ。別に何かに勧誘するでもなく、ただ与えるだけということの凄さ。
そういう人間の底なしの優しさも、そして底なしの冷たさも、路上に何時間もいることで初めて見えてきたことなんです。

O:ステートメントに、久保田さんにとって彼らは、友人であり、人生の師と書いています。どんなことを学んだのでしょうか?
K:最初は生きる術ですね。どこに行けば何が手に入るとか、僕が生きるために必要なことを教えてくれました。
そして、他にもう一つ大事なことがあって、それは「自分自身でいること」です。他人が自分に望む自分ではなくて、ありのままの自分自身でいるということです。

O:生活するのに厳しい環境だと自尊心はなくなっていくと思うのですが、自分を残すのは大変ではないでしょうか?
K:そのような側面もあるかもしれません。しかし、むしろこういった環境だからこそ出会える、自分自身というものがあるのです。
僕らは綺麗な服も、高級車も、立派な家も、何も持っていませんでした。なので、いつしか自分自身を良く見せようとすることをやめるんですね。飾らなくなる。
どうあがいても自分しかいないし、自分であること以外にできることはなかった。そして、それには正解も間違いもないという。自分はその生き方に強い影響を受けました。
そういうあり方をしてもいいんだと。

O:過酷な環境で自分と向き合った久保田さんが見つけた「自分」は写真を撮ることだったのでしょうか?久保田さんにとっての「自分」は何でしょうか?
K:僕にとっては、写真を撮ることをも含めての「自分」ですかね。言葉でうまく表現できませんが、それは別に作るものではなくて、常に/既にそこにあるものなんですよね。
それは他人や自分がどう思うとかに先立って存在するんです。つまり、存在するということに関しては、良いも悪いもないんです。そうやって頭で考えることをやめると、端的に存在する、ありのままの自分自身が見えてきます。そして僕にとって、そうやって自分を知るということは即ち、この世界を知るということでもあるんですよね。

久保田さんは学生の頃から「人間」に興味を持っていて、「人間」のありようを写真に記録してきたと思います。人は普通に生活をすれば当たり前に他の「人間」との接触する機会は多くなります。そのありようを端的に記録する媒体には客観的になれる写真がふさわしく、常にカメラを持って歩く必要があった。今回のような過酷な環境では各個人が「自分しかない」ので個性が際立ち、そこに興味を惹かれそこに存在する「人間」を写真として記録したのが今回の写真展だったのかもしれません。
撮影は日常の延長で行われましたが、結果として「人間」のありようを記録したドキュメンタリー写真になっていると思います。

<物としての写真とは>

久保田さんはプリントにこだわりがあります。プロフィールに紹介したAERA.comのインタビュー記事にも記述されています。
下記に引用します。

「ぼくは、作品の魂が宿るのは「プリント」だけであると考えています。つまり、データをお見せしても、作品の最も重要な部分が伝わらないと思うのです」
「日本に帰ってきて、この写真をどうかたちにしようかと考えると、やはり、銀塩プリントだろうと」

O:写真はプリントであるという事の理由をもう少し知りたいです。例えば写真集という選択肢もありますが、プリントである意味を教えてください。
K:この展示で目指したのは「彼らが目の前に立ち現れる」事で、プリントを見る人と彼らとが出会うことです。(自分にとっては「再会」ですね)。そして、出会うためには彼らが存在しなければならなず、それは具体的な物であるプリント以外にないと考えました。
O:このプリントのクオリティが再現できれば写真集でもOKでしょうか?
K:どうなんでしょう(笑)。写真集もまた、作品の素晴らしいあり方の一つだと思いますが、作り方がわからないので。それはともかく、自分はプリントだけに可能なことがあるのではないかと直感的に感じていて、それを追求したかったんですよね。ただそれは、データでの写真表現のあり方を否定しているわけでは全くないんです。モノクロであるということについても同じですが、別にカラー写真を否定してはいなくて。色には色の可能性があり、何かが良くて何かがだめということではないんですよね。ただ単純に、様々な選択肢がある中で、何を選ぶかということであって。それは人間の「生き方」と同じで、唯一の正解があるわけではない。ただ自分にとっての選択が、必然的に「モノクロ」の「プリント」だったというだけなんです。
O:最初からモノクロにしようと思っていたのでしょうか。つまり、生活の一部をモノクロで撮ろうという意識はあったんでしょうか?
K:いや、そこまで考えていなかったです。目の前のものをひたすら撮っていただけでした。後に写真を編集していく中で、色が余計な情報に感じられるようになっていったんです。例えば肌の色とか表面的なことではなくて、人間そのものを見て欲しかった。だから、モノクロだったんですよね。

久保田さんの写真表現に関する考え方はカナダの仲間たちの影響を受けていると思いました。つまり写真表現はたくさんの手法の中からの自分による選択であり、正解も間違いもなく、それぞれに可能性があるということ。

久保田さんのモノクロプリントと対峙すると、写っている人の環境や人となりを考えてしまいます。また、写真によっては顔が近く、写っている人がこちらをどう見ているのか想像してしまいます。
それこそが、久保田さんが望む「彼らが目の前に立ち現れる」事なのでしょう。
なるほど、久保田さんがおっしゃる通りで、これは物としての存在感のあるプリントの前に立たないと体験できないと思います。

「A Door of Hope」は2/22までリコーイメージングスクエア東京で開催されています。
緊急事態宣言が継続されている現状で10:30~16:00までの短縮営業となっておりますが、マスクをしっかりしていただいて、見に来られてはいかがでしょうか。
人間関係で悩まれているときなどに、久保田さんの飾らない仲間たちと合うと良い示唆を受けるかもしれません。

リコーイメージングスクエア東京にご来館いただく際、以下のご協力をお願い致します。
・入口にて検温させていただきます。(非接触型の体温計を使用いたします)
※37.5℃以上の方のご入場はお断りをさせていただきます。予めご了承ください。
・手の消毒を行ってからの入場にご協力をお願い致します。
・来館時には必ずマスクの着用をお願い致します。
・過度に混み合わないよう、状況により入場制限をさせていただく場合がございますのでご了承ください。
・場内では、お客様同士のソーシャルディスタンス(約2m)の確保にご協力ください。
以下に該当する方々の来館をご遠慮いただきますようお願いいたします。
・咳の出る方
・37.5℃以上の発熱の有る方
・その他体調不良の方