こんにちは
最近、設計の仕事が少し懐かしい、写真好きかつカメラオタクの大久保(以下O)です。
設計は、それまでの技術に何らかの改善を盛り込んで、おなじ目的の機械でも少しづつ良いものにしていくのが醍醐味ですね。
そこには改善するであろう予測の試行錯誤があり、つまり試作や実験をする事で検証して盛り込んでいくのですね。
今回ご紹介する武藤裕也さん(以下M)はメーカーのサラリーマンでした。
30歳で写真家に転向されています。なぜ、サラリーマンの安定した仕事を手放して写真家になったのか個人的には気になるところです。
また、今回リコーイメージングスクエア東京で開催している「ピアニシモ」(>>写真展情報)はコロナ禍で自由に写真を撮りに行けない環境を逆手に取り、写真の実験を行った結果とのことです。
これはフォトグラム(※1)という技法が用いられています。暗室で印画紙の上に物をおいて直接光を当てる技法です。
実験と聞くと大仰なイメージですが、もともと写真は実験室から生まれた発明品です。そこには親和性があるのかもしれません。
※1)フォトグラム:カメラを使用せずに、印画紙上に直接物を置いたりして感光させ、イメージを生成する技法。1920年代、ラースロー・モホイ=ナジやマン・レイによって取り組まれはじめた。イメージの元となる固定したネガフィルムを持たないため、フォトグラムによって制作される写真は、すべてモノタイプ(一点物)のものになる。(Artwords®(アートワード)から引用)
武藤 裕也
自動車開発業務から一転、フォトグラファーへ。
個展
2010年 「雪とけて それから」 富士フイルムフォトサロン
2013年 「はじまりの唄」 キヤノンギャラリー銀座・梅田・福岡
2016年 「一滴の継承」 キヤノンギャラリー 銀座・梅田・福岡
グループ展
多数
講師
・クラブツーリズム
・PHaT PHOTO写真教室 WS
・リコーフォトアカデミー など
<理想を失う時>
やはり気になるのは、写真家への転向です。どういった動機で写真家になろうと思ったのか興味のあるところです。
O:武藤さんが写真を始めたきっかけを教えていただけないでしょうか?
M:もともと人とコミュニケーションを取るのが得意ではなく、大学生の時から一人でできる趣味を作りたいなと思い写真を始めました。主に風景写真を撮っていました。
O:その後メーカーに入られたということは、大学ではやはり理系を選択したのでしょうか?
M:いいえ。輪郭があいまいなところに興味があって心理学を専攻しました。ただ、機械が好きでバイクと車を持っていたのですが、車検や修理は自分でやっていました。中学高校時代には発明工夫コンクールで賞を取りました。モノ作りはずっと続けていました。何かを作るのは全く苦ではなかったのです。メーカーにはいきましたが、理系や文系に分けるのは言い訳だと思っていて、本来分ける必要はないと思っています。
O:武藤さんはメーカーでは技術者だったのですが、なぜ写真家になろうと思ったのでしょうか?
M:私自身耳が良くなく、コミュニケーションが苦手なこともあり、会社ではストレスで体調を崩しました。ちょうど30歳になった時に私自身に何かの変化があるだろうと思ったのですが、何も変わりませんでした。その時に姿見で自分を見たのですが、老けたなと思ったのです。仕事は安定していたけど、それ以上のことは期待できなかった。このまま定年まで変化がないことが見えて、変化がないことに絶望したのです。
その時にサミュエル・ウルマンのYouth(※2)という詩にある「年を重ねただけで 人は老いない。理想を失う時に 初めて老いはやってくる」という言葉に出会ったのです。
当時、風景写真は続けて撮っていて、写真は一つの表現であってそういう必ずしも言葉に頼らないコミュニケーションに期待できると思ったのです。またサラリーマンを辞めて写真家なった方の文章に衝撃を受けたのです。思い込みが強く楽観的なところもあって、私も写真家になりました。
O:でも、風景写真はなかなかお金にならないですよね。
M:まず、メーカーギャラリーでスタートするのが大事だと思っていました。当時、風景写真で勢いがあるのは、メーカーギャラリーだったのです。本格的に風景写真中心で会場費がかからないし集客力もある所が魅力でした。あと写真で仕事をする上で、スタジオ写真の講座を受けました。受けた講座の関係で写真の講師などもしました。収入の大半は旅行会社のツアーの撮影ガイドです。旅行会社には自分で営業にいって裏磐梯には詳しい事をアピールして、少しづつ仕事を広げていきました。
O:仕事をしながら自分の作品を創っていたのですね。
M:風景写真を撮っていたのですが、ドキュメンタリーの要素にも興味があって、原発の最終処分場の候補地の森を今のうちに撮っておこうと撮影をしました。その写真は、たまたま友達がフランスのギャラリーに紹介してくれて、展示したいと声をかけてもらってフランスで展示しました。
武藤さんは写真家としてのスタートをメーカーギャラリーの個展に置いていました。リコーイメージングスクエア東京・大阪でもギャラリーの公募しています。
>>リコーイメージングスクエア東京写真展申し込み
>>リコーイメージングスクエア大阪写真展申し込み
ぜひ、チャレンジされてはいかがでしょうか。
※2)サミュエル・ウルマンはアメリカの実業家・詩人 原文:Nobody grows old merely by a number of years . We grow old by deserting our ideals.
<風景写真への疑問>
O:ずっと風景写真を撮られてきていますが、今回の写真は風景写真ではありません。コロナ禍の影響だとは思うのですが自然の風景ならば密を避けて撮ることは可能ですよね?
M:風景写真にもやもやを感じていたのです。前回の「一滴の継承」 では、きれいな風景写真を否定する側面を入れました。循環をテーマにしたのですが、撮影はコンポラ写真(※2)を意識しました。つまり、日の丸構図で必ず横位置、印象的な日の出、日の入りは使わない。機材を器用に使うこともしませんでした。標準レンズ1本で撮り切りました。風景写真を疑問視した視点を入れたかったのです。
O:風景写真にコンポラ写真の要素を入れたのですね。それはかなり興味深いです。そこから今回の展示にどうつながったのでしょうか?
M:昨年に緊急事態宣言が出されて仕事が無くなり、外に出てはだめという風潮になりました。罰則はないですが外に出るのをやめて、徒歩圏内で行動しようと思ったのです。そこにも自然があるわけです。植物を撮影しながら一方で花などを採集して、家で花瓶に入れて撮影とかしていました。制約がかかることを利用して何かできないかなという。クリエイティブな行為は社会的にネガティブな状況をひっくり返せるのではないかと期待を込めたのです。
O:自分に制約をかけたのですね。その結果、身近に存在していた今回のモチーフである綿毛に至ったのだと思いますが、綿毛に感じるものがあったのでしょうか?
M:綿毛は以前から興味を持っていました。もともと輪郭のないものに興味があり、輪郭のないモチーフを3つ考えていました。そのうちの一つが綿毛です。
輪郭のないモチーフですが、まず「雪」です。雪が降ると白くなって印象が変わりますが、溶けてなくなってしまいます。「蛍の光」も科学的に解明されていない謎のものです。蛍をポジフイルムの上を歩かせて作品を創りました。暗箱の中に蛍を入れて少し待ってフイルムを現像に出したのです。
M:3つ目の「綿毛」は質量を測ったのですが軽すぎて測ることができませんでした。20個にしても測ることができない。たくさん集まると白い丸い塊でばらばらにもなる。ちょうどコロナウイルスにも見えたのです。
O:なぜ綿毛を写真にするのにデジタルカメラではなく、大判カメラを使ったフィルム撮影やフォトグラムを採用したのでしょうか?
M:光を定着させるという神秘性に魅力を感じていて、フイルム写真の展示も好んで見ていました。デジタルカメラは仕事に使うのに便利だけど、それ以上のイメージになりにくいのです。
フイルム写真はサッカーに例えられると思っています。サッカーはボールを器用に使える手ではなく、足を使うところが面白いと思っていて、器用にいろいろ撮れるデジタルカメラではなく、フイルムだと枚数を気にしたり、コントロールが難しいけど、予想を超えるイメージを手に入れることができるところに興味を持っていました。
O:フォトグラムも「制約がかかる」という事ですね。
M:やはり、裏磐梯で撮っていた時も最初はデジタルカメラを併用していましたが、フイルムにひかれて最終的にPENTAX 645だけにしたのです。制約されたところで何ができるかを考えるのかが楽しかったのです。SNSで写真を見るようになってデジタルカメラで続けていてもただのSNS写真になるなと思ったのです。モノクロネガだったら自家現像・プリントもできます。いわゆる船旅みたいな時間をかけるところもよくて、撮影だけではなく、工程によって差異を出す形ができないと納得できなかったのです。
O:武藤さんは写真の大学や専門学校に通っていたわけでもないのに、フォトグラムはどこで勉強したのでしょうか?
M:覚えてないですね。本を読んだのかもしれません。
O:独学とは驚きです。勉強熱心だったのですね。得た知識を実践するのが好きだったのでしょうか。
M:エラーというか、思いもしない結果になるのに興味があったのです。写真撮りながら裏蓋を少し開けてしまうとか。
O:なぜエラーに惹かれるのでしょうか?
M:きれいなSNS写真が溢れ賑わっているものの、それに迎合して良いのだろうか?そこにオリジナリティを見いだせるのだろうか?という疑問を感じたのです。
一方、崩れたものやエラーは私の性格とか歩んだ道と重なると思っているのかもしれません。フィルムカメラが流行っているのが理解できるのですが、不便であったり像が荒かったりするけどそちらがいい。提案をしたいということですね。きれいな風景写真より壊れたところに魅力を感じませんかと、共感を求めているのかもしれません。
※3)コンポラ写真:1970年代に日本で流行した写真。日常の何気ないシーンを特別な技法を使わず撮影した写真。スナップ写真の「決定的瞬間」や「ボケ・ブレ・アレ」へのアンチテーゼとして捉えられた。
<ピアニシモ>
展示はフォトグラムで構成したエリアと普通の写真プリントで構成されたエリアと大きく2つに分かれています。
写真展については武藤さん自ら解説をされています(>>解説動画)。
*1:入り口入って右側。フォトグラムとエラー写真で構成されている
*2:入り口入って左側。フォトグラムで構成されている。写真配置にデザイン的な要素を入れている。
*3:奥側のエリア。中判カメラを使ったモノクロネガプリントで構成されている。
*4:奥側のエリアから入り口側を見たところ。写真プリントとフォトグラムのエリアで照明が違うのが分かる。
普通の写真プリントのエリアについて伺いました。
O:こちらのエリアは植田正治さん(※4)をオマージュしたと動画で紹介されていました。
M:今回の展示のテーマの一つとして「対になるものを作っていった」という感じです。方向性として形式を持って出すとき、フォトグラムの方は個性が強く理解も難しいのに対して、こちらは様々な人が理解できる写真として位置付けてます。今回のモチーフである綿毛の丸いものがオブジェクトとして使えるかなと思ったのです。植田正治さんの作品が好きで、世界で最も注目された日本人写真家のひとりだと思うのです。植田正治さんの作品は姿かたちを砂丘で表現していますが、作り方としては似ていると思っています。
O:一方、フォトグラムの方ですが、こちらはフレームを使わず、厚みを持たせています。何か意図があるのでしょうか?
M:写真という2次元から対にして立体の塊にしたかったのが一つ。綿毛という儚いイメージから、頼もしい存在感の塊にする試みです。
O:こちらの写真が気になります。
M:この写真は想定外の感光をしてしまった写真ですね。4×5の大判カメラで撮影したのですが、4×5のホルダーに光が入ってしまったのだと思います。高解像の写真をたくさん撮ったのですけど、この一枚だけ感光してしまったのですが、独特の後光のような何とも言えない表情になったのです。この写真がコロナ禍による緊急事態宣言を象徴するようなカットだと思ってセレクトしました。
普通はちょっと光が入ってしまう事でその写真はダメという事になります。ただ、物事は山と谷の循環だと思っていて、失敗から復活させたい。異常な結果であることを隠したりするのではなく、それはそれで見つめないといけないと思っています。
O:緊急事態宣言が出されると、異常な状態ととらえているわけですが、その異常な世界も認めないといけないという事ですか?
M:そうですね。物事は見方次第で両面性があると思っています。本来は失敗写真は表に出すべきではないところがあるけど、そこを受け入れていく。
私たちは環境に生かされていると思っています。よくSNSで「コロナのバカ」と目にするのですが、思い通りにいかない事やエラーを受け入れたり、その環境で何ができるかを考えないと、問題は解決せず、継続的な成長が見込めなくなってしまうと思うのです。
O:この写真だけフイルムの黒の縁を出していますが、理由があるのでしょうか?
M:大判写真であるという事ですね。これは写真的な行為だと思っています。つまり、この写真は大判という大きなフォーマット(環境)の中で生きているという意味もあります。私たちが環境に生かされているのと同じですね。
武藤さんの展示は実に様々な見方ができるように細かな配慮がされています。ご本人は両面性とおっしゃられていますが多面性だと思いました。
実際に展示を見に行き、武藤さんと話をされるととても面白いと思います。
風景写真から始まりフォトグラムによる表現まで来た武藤さんですが、今後はどのような作品を考えておられるのでしょうか。
M:写真作品、表現は種類や数が多ければいいわけではないということに気が付きました。
「Less is more」。今回、綿毛の力強さはフォトグラムだからこそ表現ができたのではないかと思っています。フォトグラムのようなカメラを使わない写真はスペック論争から抜けられるので面白いです。また、今回の展示でデザインのオリジナリティをつかめた気がします。デザインのみの楽しさですね。ソラリゼーション(※5)もやっていきたいと思っています。アナログの写真表現はまだ可能性はあって、予測できない結果を探索するために実験は続けていきたいです。
武藤さんと話をするととにかく話題が付きません。表現に貪欲で常に実験を行い新しい表現を探索していきます。
かつて写真を発明したニエプスやフォトグラムを始めたモホリ=ナジのように、武藤さんならではの技法を発明するかもしれませんね。
今後の活躍に期待しています。
※4)植田正治:日本の写真家。鳥取砂丘を舞台にしたシュールレアリズムな写真が有名。作品はこちらで見ることができます(>>植田正治美術館サイト)。
※5)ソラリゼーション:ネガフィルムやポジフィルムの露光中に光を過度に当てることで、潜像の一部が過剰に露光され、その部分の画像が反転して現われる現象。または、その現象を利用して写真を作る技法。ネガ像とポジ像をひとつのイメージのなかに同居させたような画像が得られる。(Artwords®(アートワード)から引用)
黒田 和男さんはデジタルでソラリゼーションを行っている(>>「re collection」(黒田和男インタビュー))
リコーイメージングスクエア東京は、6月24日より当面の間、10:30~17:30までの短縮営業とさせていただきます。引き続き感染予防への取り組みを徹底して営業してまいります。ご来館の際は、以下の来館時のお願いについて、ご理解、ご協力いただきますよう、お願い申し上げます。
・入口にて検温させていただきます。(非接触型の体温計を使用いたします)
※37.5℃以上の方のご入場はお断りをさせていただきます。予めご了承ください。
・手の消毒を行ってからの入場にご協力をお願い致します。
・来館時には必ずマスクの着用をお願い致します。
・過度に混み合わないよう、状況により入場制限をさせていただく場合がございますのでご了承ください。
・場内では、お客様同士のソーシャルディスタンス(約2m)の確保にご協力ください。
以下に該当する方々の来館をご遠慮いただきますようお願いいたします。
・咳の出る方
・37.5℃以上の発熱の有る方
・その他体調不良の方
ご来館のお客様におかれましては大変お手数をお掛けいたしますが、ご協力の程よろしくお願いします。