このところ中古カメラ市場ではフィルムで撮影できる一眼レフカメラがひそかなブームとなっています。

でも、写真をデジタルから始めた方にとって、昔のカメラはネットで探せる資料も少なく、一体どれを選べばよいのか悩みはつきません。

本記事はクラシックカメラに詳しく、ペンタックスOBで写真家の中村文夫さんによる、フィルム一眼レフデビューを検討中の方々へのアドバイスです。

記念すべき第1回目はスクリューマウント編、見るのも初めて!という方から、うわっ懐かし~という方まで、どうぞお楽しみください。(PENTAX official編集部ラリー)

 

デジタルカメラで撮影した映像は、とても鮮やかでシャープです。でも場合によっては見た目の印象よりも美しく再現されることも。これはカメラに搭載された画像処理エンジンが、誰が見てもきれいだと感じるよう明るさや色調などを調節しているから。これに対してフィルムカメラで撮った写真の仕上がりは、使用するフィルムの特性やプリント方法に依存。組み合わせたレンズの性能 がダイレクトに反映されるので、写真本来の楽しさが倍増します。

日本で初めて35ミリ一眼レフカメラを発売したのは、現在のリコーイメージングのルーツである旭光学。1952年に発売したアサヒフレックスⅠ型を皮切りに数々の名機を世に送り出し、1981年には世界で初めて一眼レフ出荷1000万台を達成しました。

現在ペンタックスはフィルムカメラを製造していませんが、中古カメラ店のウィンドーには、今でもフィルムを装填すれば写真が撮れる往年の名機がたくさん並んでいます。

 

スクリューマウントの名機、アサヒペンタックスSPOTMATIC(SP)

ペンタックスの一眼レフカメラはマウントの違いで大きく3種類に分けられます。なかでも1957年発売のアサヒペンタックスから1974年発売のアサヒペンタックスSPIIまでの機種が採用したねじ込み式のペンタックススクリューマウントはフィルムカメラ入門に最適。タクマーと名付けられた交換レンズの種類も豊富で「撮影目的に合わせてレンズを選ぶ」という一眼レフの醍醐味が存分に味わえます。

お勧めはアサヒペンタックスSP

 

これからフィルムカメラを始める方には機械制御式シャッターを採用した機種がお勧めです。電子制御式シャッターは電子部品の経年変化のため、一度故障すると修理はほぼ不可能。その点、機械制御式カメラは万が一トラブルを起こしても致命的な結果に至ることがあまりありません。  なかでもお勧めはアサヒペンタックスSP。世界で初めて発表されたTTL露出計内蔵一眼レフで、1964年の発売と同時に一世を風靡、世界的な大ヒット商品になりました。そのため製造台数が多く、今でも中古カメラ店に行けば、程度の良い商品がたくさん見つかるでしょう。  SPのシャッターは機械制御式ですが、発売から50年以上が経過したクラシックカメラに発売当時の精度を求めるのは酷というもの。最高速の1/1000秒などは、少し遅めになっている可能性が高いうえ、シャッター幕の走行ムラ(露光中にシャッター幕の走行スピードが変わること)の発生により、特に高速側では露光にムラが目立つことが。そのため撮影の際は、高速シャッターの使用を控えるなどの工夫が必要です。

 

1964年に登場したアサヒペンタックスSP。発売時の定価はスーパータクマー55ミリF1.8付きで42000円でした。

自分でチェックできること

この時代のカメラが多用していているモルトプレン(黒いスポンジ状の素材)は経年変化に弱いことで知られています。ファインダーを覗いてみて横に走る黒いラインが見えたら、ペンタプリズムの固定に使っているモルトプレンが劣化している証拠。またモルトプレンはフィルム室の遮光にも使われていますが、裏ぶたを開けて裏ぶたの縁(カメラボディの溝にはまる部分)にモルトプレンの黒い滓が付いていたら光漏れの可能性が。このほかミラー下部が帯状に黒く汚れていたり、黒い粉がフォーカシングスクリーやミラーに付いていたりするのもモルトプレンの劣化が原因です。

 

モルトプレンの劣化により視野が汚れたファインダー

アサヒペンタックスSPの露出計が使用している受光素子は経年変化によって感度が低下している可能性があります。測定誤差が避けられず、露出計の示す値は参考程度と考えた方が良いでしょう。さらに露出計が使用する水銀電池はすでに製造中止。作動させるには形状の似た代替電池か必要です。また水銀電池は液漏れを起こしやすく、長い間電池を入れたままにしておくと電池から漏れた電解液が金属製の蓋を固着させてしまいます。このようなカメラの露出計はまず使用不可能と思ってください。最初から露出計の使用を諦めるなら、露出計非搭載のアサヒペンタックスSVやSLなどもお勧めです。

次に裏蓋を開けシャッター幕の状態を目視でチェック。シャッター幕が波打っていたりカビが生えていないかを確認します。またシャッタースピードの検査は専用の測定器が必要なので店頭では厳密なチェックはできませんが、スローシャッターについては作動音で簡易的な判断が可能です。シャッターダイヤルを1/2秒にセットしてシャッターを切り、ミラーが上がった後に聞こえるジーッという音の高さが途中で変わったり途切れたりしたら、シャッターを開く時間を制御する歯車が油切れを起こしている合図です。

いずれにしても初めてフィルムカメラを使う方がカメラの状態を自分で確かめるのは、かなりハードルが高いと思います。  また古いカメラが故障した場合、交換用部品がないため修理できないことが多く、たとえ修理できたとしても、高額の修理代を覚悟しなければなりません。いちばん安心なのは信頼のおける中古カメラ専門店で買うこと。良心的な店は3~6ヶ月程度の補償期間を設けていたり、買ってから一定期間内に故障したときは返金に応じてくれたりします。いずれにしてもカメラを手に入れたら、すぐにテスト撮影して現像結果を確認することが大切です。  また多くの店がネット販売を行っているので、近くに中古カメラを扱っている店がなかったり直接足を運べないときは、こちらを利用すると良いでしょう。  なお、ネットオークションなどでは、かなり安い値段でカメラが販売されていますが、初心者にはあまりお勧めしません。というのは、オークションはカメラのコンディションの説明が曖昧で不親切なものが多く、補償が付かないケースがほとんど。高い買い物になりがちです。

 

プライスカードに表記された「初期不良対応」とは「1ヶ月以内に故障した場合は返金で対応」の意味。店によって保証内容や表記方法が違うので、買う前に確かめましょう。協力GTカメラ(http://www.gtcamera.co.jp/)

 

アサヒペンタックスSPの取扱説明書は、リコーイメージングのホームページからダウンロード可能。カメラの使い方のほか、写真撮影のハウツーも丁寧に解説されています。

レンズの話

タクマーレンズの全盛期、ほとんどの一眼レフユーザーは最初に買うレンズに標準レンズを選びました。標準レンズとは50ミリ前後の焦点距離のレンズのこと。肉眼の視野に近い自然な遠近感が得られると言われています。
現在ではズームレンズが主流ですが、当時のズームレンズは値段が高く、アマチュアカメラマンにとっては高嶺の花。標準レンズを中心として広角、望遠を加えた3本の単焦点レンズを揃えるのが一眼レフの王道とされていました。

〔画角の変化〕

広角(28ミリ)

 

標準(55ミリ)

 

望遠(135ミリ)

【標準レンズ】

最初に買うレンズはタクマー50ミリF1.4か55ミリF1.8の標準レンズが良いでしょう。50ミリF1.4は開放F値が明るく美しいボケが楽しめることから、最近ミラーレス機ユーザーの間で人気が高く、中古価格が高騰しています。これに対し55ミリF1.8は値段が安くお買い得。開放F値の差は約1/2段で、実用上の差はそれほどありません。

タクマー55ミリF1.8(左)とタクマー50ミリF1.4

中古カメラ店で多く見かけるのが50ミリF1.4と55ミリF1.8。対応する測光方式やコーティングの違いなど、さまざまなバージョンが販売されました。また55ミリにはF2やF2.2の開放F値違いも。このほか焦点距離が異なる58ミリも存在します。

 

スーパータクマー55ミリF1.8

近距離の被写体にピント合わせ絞りF2.8で撮影。開放ぎみで撮影すると、美しいボケが楽しめます。

【望遠レンズ】

135ミリは標準レンズの次に買うレンズとして最も人気の高かった焦点距離。遠くの被写体を引き寄せる効果だけでなく、近距離で絞りを開放にすれば浅い被写界深度も楽しめます。また、より被写体に近づいて撮影したいなら最短撮影距離が短い105ミリ。遠くの被写体がもっと大きく写せる200ミリも候補に上がります。

左からタクマー105ミリF2.8、タクマー135ミリF3.5、タクマー200ミリF4

遠くの被写体を大きく写すことが望遠レンズの最大の特徴。撮影用途に合わせ、83ミリから1000ミリまでの望遠レンズが用意されていました。

 

スーパータクマー135ミリF3.5

広角レンズと違い望遠レンズには、違う距離にある被写体の両方が大きく写る性質があります。手前の被写体と背景をぎゅっと圧縮したように見えることから圧縮効果と呼ばれています。遠くの被写体を大きく写すだけでなく、この効果を利用することも、望遠レンズの醍醐味と言えるでしょう。

【広角レンズ】

広角レンズは、28ミリか35ミリがお勧め。遠近感を強調したダイナミックな広角表現を狙うなら28ミリ。28ミリほど遠近感が誇張されず落ち着いた雰囲気が好みなら35ミリを選ぶと良いでしょう。

タクマー28ミリF3.5(左)とタクマー35ミリF3.5

タクマーの広角レンズは15、20、24、28、35ミリの5種類の焦点距離がラインアップされていました。なかでも28ミリは遠近感が極端に強調されず、広角レンズ入門に最適です。

 

スーパーマルチコーテッドタクマー28ミリF3.5

広角レンズで遠近感を上手く表現するコツは手前の被写体に思い切り近づくこと。近くの被写体がより大きく遠くの被写体がより小さく写り、画面に奥行きが出ます。

【フィルムについて】

カラー/モノクロのほか感度の違いなど、フィルムにはさまざま種類があります。初めてフィルムを使うならカラープリント用のカラーネガフィルムをお勧めします。その理由は露出のアンダー/オーバーに強いこと。アバウトな露出で撮影してもプリントの段階で補正できるので失敗が少なくて済むでしょう。また手ぶれを防ぐという意味でフィルム感度はISO400がベター。そして明るい条件で絞りを開き被写界深度を浅くしたいときはISO100を選びます。またカラーネガフィルムは現像時に依頼すれば、画像データをCDに焼いてもらうことができ、SNSなどにも手軽に作品がアップ出来ます。このほかモノクロフィルムを選べばモノクロ写真が撮れますが、カラーネガフィルムに比べると露出がシビア。まずカラーネガフィルムで感覚をつかんでからステップアップすると良いでしょう。

【露出の決め方】

古いカメラの露出計はあまり当てにならないことはすでに説明した通りですが、露出計が普及する以前、アマチュアカメラマンは経験や勘などに頼って露出を決めていました。また当時のフィルムの箱や説明書には簡易露出表が印刷されていて、天候や撮影条件に合わせて露出を決めれば、意外と失敗はありませんでした。

 

古いフィルム(ISO100)の化粧箱に印刷されていた簡易露出表

タクマーレンズは名玉の宝庫

最初は50ミリと100ミリの2本でスタートしたタクマーレンズですが、1975年にバヨネット式のKマウントレンズにバトンタッチするまで、15ミリから1000ミリまで全部で60本を越える製品が発売されました。この一方で1958年には一眼レフ用としてはまだ珍しかったレトロフォーカスタイプのオートタクマー35ミリF2.3を発売。そして1963年には水晶製レンズを用いて紫外線領域での撮影を可能にしたクォーツタクマー85ミリF3.5、1968年には蛍石の採用で色収差を徹底的に除去したウルトラアクロマチックタクマー300ミリF5.6が登場しました。また1975年に発売されたSMCタクマー15ミリF3.5には非球面レンズを採用するなど、タクマーレンズには当時の最先端技術が惜しみなく投入されています。

43ミリや77ミリなど不思議な焦点距離、ディストーションを敢えて残したフィッシュアイズーム、ノスタルジックな軟調描写が特徴のソフトフォーカスレンズなど、ペンタックスは他社にないユニークな製品の宝庫です。この先駆けとなったのが1962年に登場したフィッシュアイタクマー18ミリF11。35ミリ一眼レフ用では世界初の対角線魚眼レンズです。さらにわずか12ミリという鏡筒の薄さを実現。現行のHD PENTAX-DA 40mmF2.8Limitedなど鏡筒の薄さを売り物にしたパンケーキレンズの歴史は、実はこの18ミリF11から始まりました。またこのレンズの絞りは、口径が異なる穴のあいた円盤を回転させてF値を選ぶターレット式。さらにピント合わせ不要のパンフォーカスを採用するなど、まさに独創性の極みと言える1本です。

 

フィッシュアイタクマー18ミリF11

フィッシュアイタクマー18ミリF11は、アサヒペンタックスSPを始めとするフィルムカメラに装着して撮影が可能。ただし現在の製品に比べると解像力は決して高くありませんが、一眼レフ黎明期の特殊レンズのテーストが味わえます。またピント位置が約2.5メートルに固定されているので、被写体をこの距離に置くのが使いこなしのポイント。遠景のときは絞りを絞るとシャープになります。

 

 

スクリューマウントの製品はまだまだたくさんあり、とても一度には紹介しきれません。まずは初めてのフィルム一眼レフカメラ(&交換レンズ)選び「スクリューマウント編」ということで解説しました。次回は「Kマウント編」。こちらも魅力的な製品が多数存在します。どうぞお楽しみに——-

 

〔掲載している作例はPENTAX K-1 Mark IIにて撮影〕