「マイルをどうしようか」と夫が言う。
悩んでいる人も多いと思うが、いつまでも収束しない疫病のおかげで航空会社のマイルの有効期限が近づいてきた。特に行きたい場所があるわけではない。それならどこへ飛ぶか分からない特典航空券に交換してしまおう、ということで7月のある日、青森行きが急遽決まったのである。
あまり天気が良くないようだ、ということで今回も手に取ったのは防塵・防滴構造のK-3 Mark IIIと長年使い慣れた smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited。K-3 Mark IIIのAPS-Cフォーマットで使用する画角にもようやく慣れてきた。見知らぬ街へ行くには中望遠くらいの画角がちょうど良いだろう。基本的に旅先ではレンズ交換はしたくないので今回もレンズは1本のみである。
到着したのは青森県三沢市。早朝に出発したため、空港に到着した9時過ぎにはすでに空腹に耐えられない状態であった。目当ての食堂は10時開店。少し早かったが店の駐車場に車を停めていると店から出てきた女将さんが「モナコですか?」と声をかけてくれた。
なにやら暗号めいているが、ここはモナコ食堂である。そういえば鵠沼海岸近くにはマイアミという食堂があったっけ、と思い出す。地名を冠したネーミングは、その土地とのギャップが大きいほど印象に残る。中に入れてもらうと、古さはあるものの清潔感のある店内。ずらり並んだ短冊型のメニューが食欲をそそる。
私が注文したのは玉子丼、こっくりと甘辛い味付けが東北らしい。すっかり満足してレンタカーで走り出してしばらくすると霧のような雨が降り出してきた。そのまま車を走らせ八戸へ向かう。旅の期間中はずっとこんな天気のようだ。私が愛用する smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited は防滴仕様のレンズではないものの、コンパクトであるため雨に濡れることも少ない。何よりそのサイズから旅の友には最適であろう。
気になった風景をテンポ良くおさめてゆくが、それにはやはりこの K-3 Mark III のシャッター音が欠かせない。気分良く写真を撮ることができるというのは性能とは直接は関係ないものの、最も大事な要素ではないだろうか。K-3 Mark III は使うたびに確実に身体に馴染んでゆくような良さがある。
天気予報の画面を睨みつつ向かったのは尻屋埼。八戸からは車で2時間半ほどの距離である。
灯台近くの食堂のラーメンは滋味にあふれ、まだ初夏のような顔つきの草原はどこか夢心地のようだ。目的の寒立馬には生憎会えなかったが、旅は良くも悪くも予定通りいかないもの。またここへ来るための口実ができたのはラッキーなことである。
翌朝、今回の旅の目当てのひとつだった館鼻岸壁朝市へ向かう。「日本最大級のカオス朝市」とのことだが、確かに定番の野菜や魚介類の他にカヌレやミシンまで、なんでもありの印象だ。会場での朝食にはその晩行われるF1フランスGPにちなんでカフェオレとクロワッサンをチョイス。このカフェオレがやけに美味しいのだ。思わずおかわりをして、ついでにコーヒー豆も購入。旅は五感で楽しむもの。見て聞いて味わって、その記憶をより強く印象づけるためにシャッターを切って記録にも残す。今回使用している smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited は20年ほど前 MZ-3 を使っていた時代からのもの。馴染みのレンズというのは古い友人のような良さがある。とりあえず一緒にいればなんとかなる、そんな頼もしさと安心感があるものだ。
帰りの飛行機まではまだまだ時間があったので十和田湖へ向かうと、ようやく日差しが見えてきた空にはイヌワシの親子だろうか、大きく羽を広げてこちらを見下ろしていた。「また来るよ」と私も K-3 Mark III を空に向けて腕を伸ばし、シャッターを切った。 やはり smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited では少し遠かったようだ。