昨年(2022)12月23日に、リコーイメージングニュースから「モノクロ撮影専用モデルK-3 Mark III Monochrom に関するアンケートへのご協力のお願い」というメールが届いた。僕もユーザー登録をしているので、こうした案内が届くのは読者の皆さんと同じなのだが、「あなた買いますか?」という単刀直入な内容で驚いた記憶がある。僕はもちろん買いますと答えたのだが、こんなに早く発売するとは思わなかった。

というわけで、めでたく2023年4月28日に発売されたK-3 Mark III Monochromeの話と写真を。アンケートではどこかのモノクロ専用機のように「Monochrom」という独語のスペルだったが、過日僕のもとに届いた試作機の背面液晶左上には「Monochrome」と英語のスペルがあしらわれていた。それをひと足先に使わせていただいたのだが、詳細はすでにカメラ誌だったり、もうすぐ公開されるウェブ媒体でも書かせていただいたので割愛。あえてひとつだけいえば、通常のK-3 Mark IIIをモノクロに設定して撮るのとはまったく別の、深くて緻密でリッチなモノクロ写真が撮れる。ただし標準設定の撮ってだしは浅くて眠い。設定やレタッチで黒を引き出してナンボのカメラだと思う。

僕も初日こそモノクロしか撮れないことに妙なプレッシャーを感じたが、使い込むうちに少しずつ昔の感覚を取り戻した。高校生で本格的に写真を始めた僕は、暗室作業のために3年間マジメに高校へ通学。当時は高校の写真部=暗室作業=モノクロという時代。しかし僕は熱中しすぎ、成績はプリントの枚数に反比例して下がっていった。やがて大学、社会人と30歳過ぎまで自宅で現像とプリントをしていた。K-3 Mark III MonochromeのRAWデータ(DNG)をAdobe Lightroom Classicで現像していて、まさにあの難しさと楽しさを思い出した。というわけで今回はすべてRAW現像をした画像を掲載している。撮ってだしを見たい方も多いだろうが、レタッチでここまで引き出せるというのもお見せしたかった。

思えばフィルムの時代はカメラ雑誌の口絵はモノクロが多く、写真展で飾られている作品も大抵作者が焼いたモノクロプリントだった。だからモノクロフィルムで撮影することは、いたって自然なことだった。今と違ってフィルムはカラーより圧倒的に安く(今は1本2000円近くするコダック・トライXも、30年前は300円ほどだった)、光や造形、事象を色に惑わされずストレートに切り取れる明快さと、それを暗室で印画紙に焼き込んでいく自由さがあった。

それがデジタルカメラの普及とともに、作品として発表される写真にカラーが増えた。フィルムでもカラーネガで撮る写真家が増えた気がする。かくいう僕もそうだ。そこにはいろいろな要因があるだろうが、以前は自然なものだったモノクロが特別なものになったように思う。写真展でモノクロの美しいプリントを見ると、久しぶりにいいものを見たなぁ…という気分になる。

そういえばK-3 Mark III Monochromeの発表を聞く直前、僕のワークショップを開講しているルーニィ247ファインアーツで、大学時代の恩師・鈴木秀ヲ先生の写真展が行われた。代表作であるモノクロの「少年の科學」とカラーの「少女の家政學」の2部構成だったが、前者の展示作品はハガキ大の絵柄で、バライタペーパーに深みのある黒が丁寧に焼き込まれていた。それは1995年に発刊された写真集「少年の科學」の印刷原稿だった。発刊時、僕は大学2年生でちょうど秀ヲ先生に教わっており、確か発刊を記念した写真展だったと思うが、これらのプリントを拝見した記憶がある。

秀ヲ先生は実験器具や何かの部品、アンティークの玩具などを細かく組み合わせ、空想の世界をミニチュアで再現する。とりわけ当時から印象に残っていたのが、アンティークの星見早見盤の周囲をおもちゃのロケットが飛んでいる作品と、同じく宇宙飛行士が遊泳している作品だ。写真集では対で並んでいる2点の、ロケットのほうが今回展示されていた。このロケットは28年以上、印画紙の中の宇宙を飛び続けていた。大学生だった僕は、回り道をして写真家になり、そして小伝馬町でこの宇宙と再会した。

帰宅してもそのことが忘れがたく、結局僕はそのプリントを購入し、今この原稿を書いている机の前に飾っている。カラーのオリジナルプリントにも高い値が付く時代だし、僕も海外写真家の作品を何点か所有している。しかしモノクロのプリントには、黒という何よりも深い色がある。陰影のみで繰り広げられる色のない世界は、無限の色を想像させる。自分が撮った写真でもそれは同じ。一旦は捨てた色を再び思い返すとき、新しい何かが見える。

思えばモノクロフィルムで撮影していた頃、一眼レフにせよレンジファインダーにせよ、そのファインダーの像はカラーだった(正確にはコントラスト調整のためにイエローやオレンジのフィルターを装着することが多かったので、一眼レフでは黄色い世界だったけれど)。色のある世界を見ながら、色のない仕上がりを想像し、さらに色のない仕上がりからまた色を想像するという、なんとも複雑な作業を繰り返していた。

K-3 Mark III Monochromeが生み出すモノトーンは、通常のK-3 Mark IIIのモノトーンとは明らかに質が違う。それは確かに魅力のひとつではあるが、本質は多くの写真家がカメラにモノクロフィルムを装填していた頃にタイムリープし、その身体性を再び感じることができる点にあると思う。まさに温故知新。このカメラの使い方は黒のように無限大だ。

まあ無限大というのは何もやらないときの方便に使われがちなので、何も書かないままになっていたnoteで「黒白日記」を始めることにした。正しい日本語としては「こくびゃくにっき」と読むが、「しろくろにっき」でも「こくはくにっき」でもお好きな読み方でどうぞ。K-3 Mark III Monochromeで撮った写真をほぼ毎日アップしていくつもりで頑張ります。つもり、です。https://note.com/shikanotakashi/

 

お知らせ

 

2023年5月16日(火)〜5月20日(土)、>>東京・両国のピクトリコショップ&ギャラリーにて鹿野さんをはじめ、さまざまな写真家の方々がK-3 Mark III Monochromeで撮影した写真を展示いたします。ギャラリーに隣接するピクトリコプリント工房にご協力いただき、モノクロに適したインクジェットペーパー「シルバーラベルプラス」に出力。K-3 Mark III Monochromeのモノトーンの美しさを実感していただけると思います。ぜひお越しください。