写真はプリントによって初めて写真となる。
スマホなりPCなりの画面で見ているものは写真ではなく写真データあるいは(あまり使いたくない言葉ではあるが)画像であり、視覚だけでなく紙の手触りや、そのプリントの厚みなどからもたらされる物質感こそが「写真」であり、作品制作の醍醐味だと考えている。

特にモノクロームの階調の豊かさというのはプリントすることによってより引き立つものである。実際に撮影してみるとわかるが、K-3 Mark III Monochrome の基本となるトーンは非常になめらか、かつコントラストも控えめで、SNSに多く流れてくるハイコントラストなモノクロームに慣れた目には、ともするとインパクトに欠けるように感じるかもしれない。ところがこの薄膜を一枚まとったようなモノクロームのデータがプリントという形に仕上げることによって、美しい階調と立体感をもって現れてくる。

使用するプリンターはエプソン社製の SC-PX1V。カラーはもとより、前機種よりもさらにモノクロームのプリント性能が格段にアップし、私にとって作品制作には欠かせないプリンターである。プリント用紙は、それこそありとあらゆる種類があるので好みは分かれるところだが、私の場合モノクロプリントの場合はほぼバライタ用紙一択。今回はメーカーの異なる3種をそれぞれ試してみることにした。プリントするのはいずれも PENTAX K-3 Mark III Monochrome企画展「モノクローム」でも展示されたバスタブの写真である。プリントした直後では表面が乾いていない場合もあるので、念の為それぞれプリントしてから1週間ほど経過してから改めて自然光のもとで鑑賞した。

プリントのスキャン画像①

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まずは展示などでも使用することが多い、長い伝統と品質の高さで定評のあるハーネミューレのファインアートバライタ。今回の3種のなかでは最も白色度が高く、版画用紙をベースにした非常に硬質で厚みのあるプリント用紙である。独特のテクスチャーも特徴的だ。

グレーの階調性が豊かであるのはもちろんだが、バスタブの黒い部分の立体感が優れていてバランスが良い。
高品質であるということで高価格帯の用紙でもあるが、10年以上ものあいだ安定供給されているという点でも非常に信頼度は高い。発表の場だけでなく、じっくり時間をかけて作品制作に取り組みたいという方にもおすすめしたい用紙だ。

プリントのスキャン画像②

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次に最近日本での取り扱いが再開された、イノーバのコットングロス 335gsm。
紙の厚みはファインアートバライタとほぼ同等の0.39mmだが、手に持った印象はやや柔らかい。表面のテクスチャーはやや控えめながらインクが乗った面はグロッシーで、何より黒の締まりが素晴らしい。白色度が75%ということで黄味が強く、そのため重厚な表現を求めたい場合に適しているという印象を受ける。

プリントのスキャン画像③

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最後にスイスのSIHL(シール)の Satin Baryta Paper 290。1478年 創業という、こちらも伝統のあるメーカーだが、こちらは最近知り合いの写真家から教えてもらったプリント用紙。 扱いやすい厚みと自然な色味、またグロス感の抑えられたプリント面は非常にナチュラルで好感度が持てる。また黒からグレーの境目の調子が美しく、素直なプリントに仕上げたい場合におすすめだ。

用紙の白色度・テクスチャーの比較

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左から順にファインアートバライタ、コットングロス、サテンバライタ。同じバライタでも白色度、テクスチャーによってこれだけ表情が異なる。

今回は私が実際にモノクロプリントに使用している用紙をベースに比較をおこなったが、プリント用紙のみで見た場合と、プリント後のインクが乗った状態では印象が変わることも多い。量販店などでは実際のプリントサンプルを見ることができる店舗もあるので、一度自分の目で確認してみることをおすすめしたい。

自宅にプリンターを置いていないという方もぜひこの機会にプロラボなどを利用してモノクロプリントの楽しさを味わってみてほしい。プリントすることなくPCの透過光のみ で作業をしていると、 どうしても客観的な目を失ってしまう。 データから紙になることによって自身の写真を見つめなおす、またとない機会になるはずだから。