先日、山梨県の身延山久遠寺で、開創750年を祝う法要が7日間にわたって行われた。その撮影を依頼され、久しぶりの長い出張になった。思えば2007年から2年間、この身延山で五重塔復元の記録撮影をしたのが、いろいろなことのはじまりだった。編集者時代にお世話になった広報担当のお坊さんから、工事が始まっても記録写真を撮る人がいないと聞き、「それなら僕に撮らせてください」と自腹で撮り始めた。当初は写真展ができたらいいな、くらいに軽く考えていた。

しかし話はすぐに大きくなり、僕は公式の記録カメラマンとして、大事な工程が続く時期には週に2~3回、身延山の現場へ通うことになった。身延山には元和5(1619)年、高さ129尺(約39m)の五重塔が立った。江戸時代末期に焼失・復元するも、それも明治初期に再び焼失してしまう。その初代の塔を完全に復元しようという現場は、とても撮りがいがあった。何よりギネスブックに「世界最古の企業」として掲載されている金剛組の宮大工さんがフォトジェニックだった。

そこで撮影したものを写真集にまとめ、五重塔落慶の記念品として関係者へ配る予定だった。ところが偉い方から「記念品がメイキングの記録集とはいかがなものか」という指摘が。今思えばごもっともな意見なのだが、頭を抱えてしまった。もっともそれが仕事なのだから、完成直後のピカピカの五重塔と、他の堂宇や行事を盛り込んだ写真集の制作に取りかかった。それはそれでいいものができ、これはチャンスをとらえて復元のドキュメントは自分で写真展と写真集を企画することにした。


写真展はすんなり決まったものの写真集は難航。出版社を15社ほど訪ねて、写真をちゃんと見てくれたのは、当時写真集をたくさん出していた1社だけだった。とまあ売れる売れないだけで判断する出版社が多いなか、意義のあるものは世に出すべきという平凡社という出版社もあり、諦めかけていたときに幸運が重なって出版が決まった(>>写真集『甦る五重塔』、いまなお絶賛発売中)。平凡社といえば百科事典で知られ、さらに重厚な写真集も数多く出版している名門中の名門。そのつながりで七面山、そして早川町の写真集も平凡社のお世話になった。

そんなふうに山梨県南巨摩郡と神田神保町には足を向けられないかたちで僕の写真家人生は形成されていくのだが、先に書いた記念品の写真集も、今なお大切にされている方が多いと聞く。今回開創750年を記念して、あれを新たに作り直そうという話になり、このたびの7日間の法要もすべて撮影することになった次第である。15年前に心折れずに頑張ったことが、こうやって後に評価されるというのは実にありがたい。

しかし6泊7日ともなると、過ごし方も重要になってくる。身延山の近くにも宿はあるが、するとまったく“外”に出ない生活になってしまう。飲食店も限られているので、昼食と夕食が同じ店…ということになりかねない。そこで車で1時間ほどかかるが、甲府のホテルに泊まり、データをバックアップしたり着替えを洗濯する間、近くのスタバで本を読んだり、早く終わる日には寄り道をしたり。というわけで上の3枚と下の3枚は、富士吉田市の月江寺。

月江寺は近年外国人、とりわけ台湾の観光客に人気の町だ。戦後、進駐軍相手の歓楽街が生まれ、昭和30~40年代には織物でも栄えた。歓楽街はその後飲み屋街になり、今も新旧さまざまな飲食店がある。また商店街は昭和の雰囲気を残し、路地とトタンを愛する僕にはたまらない町だ。また望遠レンズがあれば商店街の向こうに富士山がそびえる写真を撮れる場所があり、そこだけは台湾からの観光客で常に混雑している。僕はあいにく標準ズームしかなく、しかも富士山は雲に覆われていたので、写らぬ富士を必死に写そうとする観光客の姿を撮っていた。

上の4枚は清里。天気がよかったので夏の光を撮りつつ、「清泉寮」でソフトクリームを、カレーの名店「ヴィラ・アフガン」でベーコンエッグローストポークカレーを食べた。モノクロ写真の難しいところは、そんな料理をおいしそうに表現しにくいということ。カレーなどは何か違うものに見えてしまいそうだ。でも人が飲み食いをしているスナップは、モノクロのほうがいろいろ想像が膨らんだりもする。写真は難しい。

上の3枚は身延山から程近い富士川町十谷。国道から6kmほど入った山間の集落で、幹線道路沿いとはまったく違う光景が広がる。かくして合間にはモノクロで気分転換していたのだが、7日間の法要はまさに色とりどり。普段は白や黒の法衣が目立つ身延山も、法要では各地から高僧も集まり、鮮やかな法衣に彩られた。法要が行われるお堂の内陣や、用いられる法具も赤や金を中心とした極彩色だ。撮影ではそれらの色を意識してフレーミングしていった。モノクロを撮るのとはまた違った感覚だ。7日間で1万枚近く撮影し、まだしっかりと写真を見返していないのだけど、どんな写真集を作れるか楽しみである。非売品なのでなかなかご覧いただけないのが少し残念だが、写真展でも企画するか…。