中学生の頃天文部に入部して以来、星空の撮影は私のライフワークだ。それなりに長い期間の間に、このニッチとも言える分野にも様々な技術変革があった。
天体専用フイルムの登場や自動導入赤道儀、そして一番大きな変革はデジタル一眼レフの登場であった。初期のデジタルカメラでは星空の撮影は困難であったがこの10年ほどのデジタルカメラの進歩は目覚ましく、誰でも美しい星空の撮影ができるようになってきた昨今だ。星空の写真は「星景写真」と呼ばれ、カメラ雑誌でも人気のコンテンツとなっている。
さて、星景写真は誰もと書いたが、通常の写真とは違ういくつかの問題点が存在する。もっとも大きな問題点は星は動くということだ。地球の自転に伴い、星は見かけの位置を変えていく。これを日周運動というが、およそ23時間56分で一周し元の位置に戻る。数字だけ見ると随分ゆっくりだと思うかも知れない。しかし、これを写真に撮ってみると10秒程度の露光をすると星は点に写らず、若干流れて写ってしまうのだ。どの程度の露光時間で星が流れて写ってしまうかはレンズの焦点距離とプリントサイズによるのだが、14ミリなどの超広角レンズを使ったとしても、大判プリントをする場合には10秒程度が限界なのだ。これを解決してより長い露光をしても星を点として写すことができる装置が「赤道儀」である。しかし、赤道儀を使うことは手軽とは言い難く、初めて星景写真を撮ってみようと思うユーザーにはハードルの高いものだ。何より機動性が失われるので、ポイントやアングルを変えながらスナップのように気軽に撮影というわけにはいかなくなってしまう。
そんな悩みのある中、2011年登場したのが、アストロトレーサー、PENTAX O-GPS1だ。GPS情報からカメラの位置と方向を算出し、手ぶれ補正機構を利用して星の動きに合わせてセンサーを動かすのである。ホットシューに取り付ける小さなデバイスで完結してしまうので、これは星景写真における一つのエポックであった。今回はさらに熟成されたPENTAX O-GPS2を使って、スナップのような気軽さで星空の撮影に出かけたのである。
そして星景写真においてもう一つ問題になるのが、1等星も2等星も同じように点に写ってしまい、星座が分かりにくいのだ。
これは昨今レンズがさらに高性能化したとともに、デジタルならではの問題なのだ。フィルムではイラジエーションと言って、感光材を通った光がフイルムベース及びフイルム圧板に反射して再度感光するという現象があったのだが、この性質により明るい星はより大きく表現され星座が分かりやすかったのだが、デジタルにはこの現象がないのである。
そこで利用されるようになったのが、ケンコーのプロソフトンというソフトフィルターだ。フィルムのような自然さで星の明るさの差を表現してくれる。さらにもう一つ悩みの種が市街光による光害なのだが、これもケンコーにスターリーナイトというフィルターがあり、光害による夜空の明るさを抑制しつつ、夜空らしい深い青みに整えてくれるのだ。この2枚のフィルターを重ねて使うことがすでに星景撮影を楽しんでいるユーザーのデファクトスタンダードになっている。しかし、フィルターを2枚重ねることはゴーストを生みやすく、解像力が落ちてしまうこともある。そこでこの2種のフィルターを統合したスターリーナイトプロソフトン(光害カット&星座強調フィルター)がこの7月発売になった。
(左)フィルターなし / (右)スターリーナイトプロソフトン使用
スライダーを操作すると表示域が変わります
《共通データ》PENTAX K-3 Mark III HD PENTAX-DA★11-18mmF2.8ED DC AW 14mm(21mm相当)
絞り:F2.8 露光時間:30秒 ISO:3200 WB:AUTO アストロトレーサー使用
スターリーナイトプロソフトンを使うと1等星や2等星が強調され、さそり座といて座がわかりやすくなった。また、光害も抑制され天の川のディテール感も向上している。さらには夜空に青みが加わりつつ、アンタレスの赤みも失われていない。WBを補正して青みのある夜空にするとアンタレスの赤みも失われてしまう。
今回メインレンズにチョイスしたのはHD PENTAX-DA★11-18mmF2.8ED DC AWだ。フルサイズ換算で約17~27.5mm相当となり星景写真に使いやすい焦点域をカバーしている。星景写真ではフルサイズ換算で24mm付近が標準レンズと言え、横位置の時、地上の風景と1つか2つの星座をバランスよく配置することができる。一方17mm相当では天の川を広くカバーし夏の夜空を華やかに表現してくれるのだ。また、このレンズにはフォーカスクランプが装備されており、一度合わせたピントを固定しておける。一度星にピントを合わせたら、クランプで固定し、あとは思いつくまま撮ってゆくだけだ。まさに星景写真向けのレンズだ。
そしてもう一本チョイスしたのが、HD PENTAX-DA 21mmF3.2AL Limited。いわゆるパンケーキレンズだ。星景写真用には少し長めの焦点距離だが、小さく軽く使い勝手がいい。夜道を長く歩く際にはこちらを選んだ。周辺までスッキリとコントラストの高い描写が好ましい。
高原を歩く。高地でみるさそり座と南斗六星は一際美しい。下界の街明かりも すっきりと描写した。
夜明け前に昇ってきたカシオペア座とペルセウス座。こぼれ落ちるような星の並びを精緻に描写している。
赤道儀を不要にし、機材を減らせるアストロトレーサーであるが動作には3つのタイプがある。
まずはType1:恒星時モード。これは星の日周運動を追いかけるモードで通常はこちらを使う。ここまでの作例は全てこのType1で撮影した。星は点に写るが地上風景はブレて写る。被写体によってはブレが気になる。
次にType2:地上風景優先モード。これは日周運動のおよそ半分の速度で星を追いかけることで、地上風景のブレを抑制してシャープに描写する。若干星は流れて写るがソフトフィルターを使っていれば気にならない程度だ。
K-3 Mark IIIのみに搭載されているType3については後述する。
(左)Type1 / (右)Type2
スライダーを操作すると表示域が変わります
Type1では星は点に写っているがType2では若干右斜方向に楕円になっている。
一方、地上風景、特に右下の樹木のあたりなどのディテールがType2ではシャープに描写されているのがわかる。Type2は中間距離で細かなディテールがある地上風景が含まれる場合に向いている。その場合でも露光時間は30秒程度で抑えるほうが良い。例えば60秒露光では星も地上もブレた中途半端な表現になってしまう。
Gallery
《共通データ》PENTAX K-3 Mark III HD PENTAX-DA★11-18mmF2.8ED DC AW 14mm(21mm相当)
絞り:F2.8 露光時間:30秒 ISO:3200 WB:AUTO アストロトレーサー使用 filter :スターリープロソフトン使用
〔クリックで写真が大きくなります〕
アストロトレーサーは広角レンズのみと思いがちだが実は望遠レンズにも対応している。
そこで楽しいのはDSO(Deep Space Object)ハンティングだ。夜空には一つひとつの星や天の川だけでなく我々が住む天の川銀河のような銀河系が無数にある。また我々の天の川銀河系の中にも星が生まれる領域である散光星雲や局所的な星の集まり:星団など様々な天体があり、それらを総称してDeep Space Objectと呼んでいる。そのうちいくつかのものは望遠レンズとアストロトレーサーで捉えることができる。おすすめはHD PENTAX-D FA150-450mmF4.5-5.6ED DC AWだ。撮影後モニターに映し出される天体の美しさに息を呑むことだろう。
いて座にある散光星雲M8。干潟星雲とも呼ばれる。天の川の中心近くにあり夏の夜空にある代表的DSOだ。星がこれから生まれてくる領域であり、とても神秘的だ。双眼鏡でよく見えるのでぜひ双眼鏡でも眺めて欲しい。今回は天候の関係で作例はこの1点のみだが、他にもたくさんの撮影しやすいDSOがある。ぜひチャレンジしてみてほしい。
望遠レンズでのDSO撮影にはアストロトレーサーType3(K-3 Mark IIIのみ対応)を使う。このモードではGPSユニットは不要で、カメラ単体でOKであることも嬉しい。シャッターを切ると予備撮影が始まり、引き続き本撮影が始まる。予備撮影の際の星の画像から視野内の星の動きを計算し、本撮影の時に星を追尾するのだ。この動作により、望遠レンズでも精密な追尾が可能なのだ。本来、こうしたDSO撮影は大きく重い赤道儀を使って行うものなのだが、アストロトレーサー機能を使えば三脚を用意するだけで済んでしまう。その手軽さは長らく星の撮影を行ってきたユーザーほど大きな驚きとなるはずだ。
最後に今回も使用した望遠レンズ向きのプロテクターを紹介しておく。望遠レンズでは解像力の低下を嫌い、プロテクト用のフィルターを使用しないユーザーがほとんどだと思う。
しかし、ケンコー ゼクロスIIプロテクターはレンズ本来の解像力に影響を与えないよう高精度に研磨されたフィルターなのである。夜間の撮影には様々な危険がつきまとう。高価な望遠レンズを痛めてしまわないようぜひ使ってほしいフィルターだ。