2023年、日本人がMLBでホームラン王になるとか(しかも投手で10勝しながら)、将棋で8冠が誕生するとか、はたまたあの事務所がなくなっちゃうとか、世間ではいろいろ驚くニュースがあった。でも個人的1位は、ついに故郷・京成立石駅前の再開発が始まったことだろうか。

立石があるのは東京の東の端、葛飾区の、柴又よりちょっと手前。僕が子供の頃は町工場と個人商店だらけで、同級生もその子供が多かった。駅の南北に伸びる商店街はいつも賑わい、初めてフィルムを買って現像に出したのもその中にあるカメラ店だった。

一方で昼間から酒の臭いがする、子供には近寄りがたい一角がいくつかあった。大人にいわれるまでもなく無意識に避けていたけれど、その中に立ち食いの寿司店があり、そこは何度か父に連れていってもらった。カウンターが高かったことと、怖そうなおじさんたちが黙々と寿司をつまんでいたのが強く記憶に残っている。

それが僕が立石を離れてからどれくらい経った頃か、千円でベロベロに酔える“せんべろ”の町として観光地のようになった。同時に僕が子供の頃から聞いていた再開発の話が進み、それより先に立石駅だけが取り残されていた京成の高架化工事が始まった。いよいよ故郷が消えることになって、ここ10年ほどはよく足を運ぶようになった。住んでいた頃は立石で飲み食いすることなどなかったが、かの有名な「呑んべ横丁」にふらっと入れるカラオケスナックもできた。

その「呑んべ横丁」がある駅の北側が、ついに2023年夏、立ち退きが完了して白い壁に覆われた。一帯には「呑んべ横丁」以外にも鳥の素揚げで有名な「鳥房」や、古き良き大衆酒場然としたもつ焼き「江戸ッ子」など、昭和30~40年代にタイムトラベルできる空間がいくつもあり、また路地裏のスナック街には戦後の赤線時代に使われていた建物も残っていた。さらに餃子の「蘭州」や、焼肉の「牛坊」といった名店や、マツキヨが全国区ではなかった頃から存在するマツキヨ、僕が幼稚園から小学校卒業まで7年間通った英会話教室(のある雑居ビル)もあったのだが、すべては白い壁の中へ消えてしまった。

スナック街のあたりには36階建ての巨大なマンション、「呑んべ横丁」跡には葛飾区役所のビルが建つそうだ。人口は減っていく一方なのに、これ以上マンションなんていらんだろうと思うのだが、建てたい人がいるんだろうなぁ。

そんなことを思いながら、年の瀬に思い出を飲み込んだ白い壁を撮り歩いた。白い壁自体はもちろん色がないのだが、その上からはみ出している看板などは実にカラフル。しかしこうして軒下を隠されると、目を引く赤や青や黄も何ら意味をなさず、ただただ故郷の景色が失われていく哀しさだけが残る。

そんな感情を反映すべく、モノクロですべての色を棄てて撮影すると、まさに街を弔うかのような写真になった。一方でやはり昭和の面影を残す駅の南側は、こちらも再開発の話がずっと燻っているものの、まだしばらくは現状を維持するようだ。冒頭で書いた立ち食い寿司屋も、客層こそだいぶ変わったもののまだ健在で、都心では考えられない価格で上質な寿司をつまめる。土日などは2~3時間待ちらしいが、平日の昼過ぎならすっとカウンターへ滑り込める。来年もまた立石へ通うことになりそうだ。