昨年はモノクローム専用のデジタル一眼レフカメラ「PENTAX K-3 Mark III Monochrome」、今年はフィルムコンパクトカメラ「PENTAX 17」が登場と話題に事欠かないペンタックスブランドですが、この2機種とこれからどのように付き合っていくか、あれこれ妄想を膨らませています。子どものころは製品カタログをメーカーから取り寄せたり、カメラ雑誌の記事や広告が情報源でした。それらをおかずに白飯を何杯もおかわりできるほど夢を広げることができたわけですが、インターネットで瞬時に情報を入手できる今は何かと現実的になりがちです。

全国の百貨店の催事場を巡回する「日本カメラショー」という展示会も楽しみでした。私が生まれ育った福岡でも開催され、会場で配布されるカメラ総合カタログを目当てに毎年足を運んだものです。数年前、義父の遺品整理でその1975年版が出てきました。「SMC ペンタックス 55mm F1.8」付きの「アサヒペンタックス KM」のほか、ソフトケースやアイカップなどに赤ペンでマークが付けられてた旭光学工業のページを開いたときは胸が熱くなりました。海外旅行のために購入を検討していたようですが、自分との共通点を知ることができてうれしかったです。

中学生のとき、新聞配達のアルバイトで貯めたお金で「リコー XR500」を購入しました。ギターなどほかにも欲しい物があったので、標準レンズ付きで「サンキュッパ」(39,800円)はとても魅力的でした。Kマウントを採用していたため、ペンタックスユーザーの友人からレンズを借りたりしたものです。カメラマンという職業に憧れるようになったのもこのころで、一番のきっかけは西田敏行主演のテレビドラマ『池中玄太80キロ』です。また>>Webマガジン『デジカメ Watch』の連載でも紹介していますが、望月あきら著の『ズーム・アップ』という漫画にも影響を受けました。「アサヒペンタックス K2」「アサヒペンタックス KX」「アサヒペンタックス ME」などのほか、東京・西麻布にあった「ペンタックス・ギャラリー」も登場します。インターネットのない時代、漫画とはいえカメラや撮影について多くのことを学びました。

モノクロ暗室を初めてやったのも中学生のときでした。写真はそれからずっとモノクロで、カラーは高校を卒業するまで数えるほどしかありません。でもそれは学校にカラー暗室の設備がなかったからで、モノクロが好きというよりお金がかからないことが一番の理由です。デジタルカメラやスマートフォンで写真を始めていたら違っていたと思います。写真学校の撮影や暗室の実習もモノクロが中心でした。今でも色に反応するのではなく、形や質感、陰影、コントラスト、グラデーションなどを意識して撮ることが多いのは、10代の経験が少なからず影響しているでしょう。

雑誌や広告などの撮影では、デジタル以前はカラーはポジフィルムが一般的でした。ポジフィルムは露出などの失敗が許されないため、撮影スタジオやカメラマンのアシスタント時代は緊張の連続でしたが、現像はプロラボに依頼するのでその点だけは楽でした。モノクロは現像からプリントまで全て手作業で、撮影の頻度やフィルムの消費量が学生時代とは比較にならないほど多かったので大変でした。でも当時経験し学んだことは、その後の仕事だけでなく作品制作の基礎になっています。デジタルでの撮影、画像処理、プリントにも通じる大切なことをしっかり身に付けられて良かったです。それらを多くの人に知ってもらいたいので、この場で少しずつお伝えできればと考えています。

写真にフィルムもデジタルも関係ありません。とはいえ鑑賞者にとってはそうでも、撮影者は基本的にどちらかを選択する必要があります。カラーとモノクロも同じです。作品によってどのように使い分けるか試行錯誤を重ねた結果、デジタルでのモノクロは、ずっと続けてきたバライタ印画紙でのプリント表現を追いかけていることに気づきました。だったら従来通りのやり方で良いのでは? でもカラーについてはそこまでのこだわりはなく、デジタルの懐の深さに魅力を感じています。そして残りの写真人生はカラーはデジタル、モノクロはフィルムという結論に達しました。

それなのに今、HD PENTAX-DA 20-40mmF2.8-4ED Limited DC WRを装着したPENTAX K-3 Mark III Monochromeが手元にあります。写真の神様がまだ決めるのは早いと試練を与えてくださったのでしょう。でもそう簡単に考えが変わることはないと思うのですが、PENTAX 17でもカラーとモノクロを撮り比べてみたい気持ちがあります。柔軟に撮影を楽しみながら、フィルムとデジタル、カラーとモノクロでの写真表現の可能性をもう少し探ってみるのも良さそうです。