何年前だろうか。写真展で展示されている作品にカラーが増え、モノクロがとても珍しく感じた時期がある。フィルムで撮ってプリントを焼く人が減り、一方でデジタルで美しいモノクロプリントを仕上げるのは難しかった。フィルム時代はカラープリントのほうが大変で、たとえば自分でプリントを焼くとなればモノクロを選ぶのが当然だった。同じカメラを使うとしても、カラーとモノクロはどこか別モノという感覚があり、写真家たちもあまりそこを深く考えていなかったように思う。もし考えていた方がいたらごめんなさい。

それがここ最近、また写真展でモノクロの作品を多く見かけるような気がする。レタッチソフトやインクジェットプリンターの技術が上がり、美しいモノクロプリントができるようになったのもあるだろうが、フィルムで撮って印画紙に焼いた作品も多い。いずれにせよカラー以上の手間暇がかかっており、作者は表現手法としてあえてモノクロを選んだことになる。

ちょっと前の話になるが、今年のGWも例年のごとくKYOTOGRAPHIEを巡った。京セラ美術館では川田喜久治さんの展示があり、隣の村上隆展に朝っぱらから圧倒された直後に拝見した。色の洪水から、一転して黒が強く主張する世界へ。そこに川田さんの代表作である、路上に棄てられたラッキーストライクのパッケージ(の接写)が飾られていた。昭和30年代の撮影で、敗戦や文化の変わりようを饒舌に物語る一枚だと評されている。当時のラッキーストライクは米国文化の象徴であり、時代を考えれば棄てたのは米兵と考えるのが自然だ。しかしその意匠は日の丸にも見え、汚れた姿は日本の敗戦を連想させる。

もっともそれは僕がLUCKY STRIKEの文字を囲む円を、赤と認識しているからだ。日本の喫煙率は僕が成人した頃に比べて驚くほど下がり(実際僕も15年近く前にタバコをやめた)、タバコの広告が規制されて20年以上経っている。もしかすると若い人の多くはラッキーストライクというブランド自体知らないかもしれない。そんな人にグレーの円はどんなふうに見えるのだろうか。広い会場を一巡し、入口に戻ろうとして再びラッキーストライクを目にしたとき、そんな疑問を抱いた。見る人の知識や経験、感覚や感性で色彩が変わり、印象も変わる。それがモノクロのおもしろさでもあり、難しさでもある。

その翌日、やはりKYOTOGRAPHIEの展示を巡り、最後に小川珈琲堺町錦店で行われていた俳優・石井正則さんの展示に立ち寄った。すると偶然京都での時代劇の撮影が早く終わったという石井さんが在廊していた。8×10の大判カメラを駆使する石井さんは、僕の写真展にもたびたびいらしてくださったのだが、僕もこのところ大きな展示をしていないこともあり、実に4年ぶりにお会いした。

石井さんは写真とともに自転車と喫茶店を愛することでも知られ、今回展示していたのはこれまで京都で撮った喫茶店のモノクロプリントだった。老舗や有名店もあれば、偶然見つけてその場で「撮らせてください」とお願いした店もあるという。ふつうならどうぞ、といわれてパシャっと撮って済む話だが、石井さんが使ったのは8×10(エイトバイテン)、フィルムサイズが約20×25cmである。説明すると長くなるので割愛するが、撮影は本当に大変だ。また何枚も続けて撮れるものでもない。

しかも石井さん、およそ100年前のレンズを自分でメンテナンスして使っている。たしかウォーレンサックとボシュロムだったと思う。光量の乏しい喫茶店ということもあり、うっすら紗がかかったような作品もあれば、偏芯や収差が生じている作品もあった。石井さん本人はそれを狙ったわけではなく、なかにはひどすぎてお蔵入りを考えた作品もあったそうだが、それが僕の想像を広げてくれた。

とりわけ印象に残ったのが、京都駅のそばで偶然見つけたという喫茶店の作品だ。偏芯と収差が激しく、窓際の席にはサラリーマン風のおじさんがぼんやりと幻のように写っていた。その喫茶店は程なくして跡形もなく消えてしまい、石井さんも本当に実在したのか、考え始めるとわからなくなるという。不思議にボヤけた写真が、作者の手を離れて物語を無限に広げてくれる。想像を引き出すモノクロだからこそで、これがカラーだったら印象や感想が違ったように思う。

僕自身もオールドレンズにハマっていた時期があり、防湿庫にはさまざまな世代やマウントのレンズが転がっている。いや、実際には転がる隙間もないほど積み重なっている。70年以上前のレンズなのに現代のレンズと遜色なく写るレンズもあれば、オールドレンズと呼ぶには若すぎるけれど、味わいだけはヴィンテージなものもある。そういえばペンタックスからは最近も>>そんなレンズが発売されたような(笑)。

この連載はメーカー公式サイトのコンテンツということで純正レンズを使ってきたが、そんなわけで編集長にことわってオールドレンズをひっぱり出すことにした。KマウントはM42マウントと親和性が高いので、僕の防湿庫の中だけでもたくさん選択肢がある。その中から選んだのは西ドイツ・イスコ=ゲッチンゲン社が製造した、ベロリナ・ヴェストロマット35mmF2.8。前期・中期・後期とあるうち、1964年生まれの後期型である。ちなみにゼブラ柄の前期型もあり、中古市場ではそちらが人気らしいが、僕はこの頃のドイツらしい無機質な後期型が気に入っている。



というわけで今回はこのレンズと、HD PENTAX-DA★16-50mmF2.8ED PLM AWで撮った写真が混ざっている。ベロリナ・ヴェストロマットは絞り開放ではふんわりとした描写だが、F5.6~F8に絞ればシャープに写る。

というわけで答えはご想像ください…としたかったのだけど、
3・4・6・7・11・12・13・14枚目が60年前の西ドイツ製
1・2・5・8・9・10・15・16枚目が最新のペンタックス謹製
となる。周辺やボケが結構違うので、まあよく見ればわかる話ではあるが。

現実を切り取るような最新のレンズももちろんよいのだけど、K-3 Mark III Monochromeの豊かな階調性はレンズの甘さやクセも受容してくれる。1年以上使ってきたカメラだけど、フィルターを使ったりオールドレンズを試して、ようやく付き合い方がわかってきた気がする。そんなわけでsmc PENTAX-FA 50mmF1.4 ClassicのAPS-C版とか、Limited 3姉妹のAPS-C版とか、そういうのを作ってくれないかなぁ。家族になれる気がするんですが。