こんにちは
カメラオタクかつ写真オタクな商品企画の大久保(以下O)です。
鳥の写真も撮ります。干潟の鳥を撮るのですが、彼らは警戒心が強く、うかつに近づくと飛んで行ってしまいます。微妙な距離感で緊張しながら撮影をしています。
世界には飛べない鳥もいます。例えばエミューは羽を持っているのに飛べません。
鳥類は大きく古顎類と新顎類に分かれます。エミューはダチョウやキーウィと同じ古顎類に分類されるのですが、現存する鳥類は約1万種あるうちの古顎類はたったの約60種です。
繁栄を誇る新顎類を脇に見ながら、細々と進化してきたとも言えます。エミューの背は1.5m~2mと高く、体重は40~60kgもあります。現存する鳥類ではNo2の大きさだそうです。
その大きな身体に対して、人に対する警戒心は薄く、物音に敏感だそうで、かなり温厚なようです。
今、リコーイメージングスクエア東京のギャラリーAでは、そのエミューを被写体にした櫻井尚子(以下S)さんの展覧会「鳥-Dromaius / to Platinum」(>>写真展概要)が開催されています。こちらはエミューの印象的な赤外写真でプラチナプリントで展示されています。展示は写真の雰囲気を感じやすくするため、少し暗めになっています。
皆さんご存じの動物写真はカラーでかわいく撮るのが一般的と思います。
今回の展示されている写真はちょっと異質な感じがします(ここでご紹介する写真はデジタルデータなので実際の展示されているプラチナプリントとは見えが異なります)。
森の中にたたずむ大きな鳥。足は太く、胴は丸く、首は長く、眼光は鋭い。
赤外写真のため森も幻想的な様相となり、見る人に抽象的なイメージを与えてくれます。
また、色情報がなく、「足」だけの写真は否応もなく「足」の形状(form)に思いが至ります。
首が隠れると鳥ではなく不思議な「モノ」として見えてきます。正直あまりかわいいとは言えません(櫻井さんすみません!)。
東京生まれ。パーソンズ・スクール・オブ・デザイン写真学科(Parsons School of Design)卒業。
現在関東圏を拠点に活動中。
主な写真集
“forms”(2013年 蒼穹舎)
“鳥−Dromaius” (2014年 私家版)
コレクション:清里フォトアートミュージアム(1996、1998、2000)
<formsとバレエ>
櫻井さんのHP(>>Hisako Sakurai)を拝見しに行くとちょっとびっくりします。
「足」です。HPを見に行くと櫻井さんの作品がランダムに出てくるのですが、私の場合こちらの写真が出てきました。
圧倒的に足の形を意識させます。
これは、櫻井さんの初期のころの作品「forms」(>>forms))の一枚です。「forms」は人を撮っているのですが、ポートレート(肖像)とは少し違います。ほぼ顔が映ってなく、手や足等の身体のパーツを強調した写真が多いのです。
「forms」の作品を見ていると、今回の「鳥−Dromaius」 と身体を構成するパーツの写真という意味で共通性が見られます。
「forms」を撮るに至った経緯をうかがうと、今回の作品の意図をより深く知ることができると思い、写真を撮り始めたきっかけからうかがうことにしました。
S:写真はパーソンズ・スクール・オブ・デザインで学びました。先生がMarcia Lippmanというアーティストでオルタネイティブクラス(古典技法)でした。例えばガムプリント(*1)をしたりしていました。
最初はモノクロフイルムを使っていましたが、だんだんとコダックの赤外フイルムを使うようになりました。当時は銀塩写真が元気で、フイルムも印画紙も豊富にある時代でした。
特に赤外フイルムにこだわったつもりではなかったのですが、暗室作業が好きでした。カラー写真は暗室が真っ暗で私には合いませんでした。
O:国内の学校に通われた写真家は多いと思うのですが、海外の学校に行く方はあまり聞いたことがありません。なぜ海外の学校に行かれたのでしょうか?
S:私はもともとバレエをやっていました。生活の中心がバレエだったのです。中学校に入った時に限界を感じて辞めたのですが、辞めた後に自分の心が空白になりました。何かをする目的がなくなってしまったのです。
そこで、何かをやりたいと思っていたんですが、高校生活では特に見つけることができませんでした。
父がカメラ好きでライカで写真を撮っていた影響もあると思うのですが、ニューヨークに旅行した際に撮影した何気ないランドマークの写真を壁にかけて眺めていて自画自賛していました。それを見た友達に写真でもやればと言われたのがきっかけです。家を飛び出した感じですね。
O:飛び出して、いきなりアメリカに行くのはすごいことですね。そのアメリカの写真学校での勉強はどうでしたでしょうか?
S:まず、英語の壁があり苦労しました。写真の歴史を学びました。あと、ワークショップは見たままの作品で評価されるので、非常にやりがいがありました。ワークショップでは課題が出ます。例えば、ジャーナリズムのクラスではタクシーに乗ってでも救急車を追いかけて写真を撮ってくるように言われます。技術面では大判カメラ(4×5)の使い方のクラスとかありました。
O:課題を経て作風に目覚めた感じでしょうか?
S:そうですね。学校ではポートレートとか人を撮っていました。
O:そこから、最初の作品「forms」につながると思うのですが、「forms」の写真には顔が映っていないですね。
S:「forms」は20年近く撮りためたもので、最初は顔を入れて撮影していました。だんだん身体だけになっていったのです。ポートレートは別に撮影するようになりました。
O:身体だけを撮影したいのであれば、スタジオのほうが形を明確にしやすい気がします。なぜ屋外で撮ったのでしょうか?
S:撮影中は夢中になっていて、あまり意図について考えていないのです。後から考えると背景があることによって一つの演出になっているんじゃないかと思いました。バレエの舞台の背景かもしれませんね。
O:なぜ、身体の手や足をパーツとして撮影するのでしょうか?
S:最初は自分でも理由を言葉で明確にできませんでした。なぜかは意識しないのですが、身体を撮影してきました。バレエをしていたころのコンプレックスだと思います。
かなり厳しい教室でバレエを習っていました。教室には私と同じレッスン内容で、私より素晴らしく上手な方がたくさんいました。のちに有名なダンサーになられた方もいました。そういう人は発表会でもブレがない。ダンスに安心感がありました。
同じ教育をされているのに、どうして私はできないんだろうと悩みました。
もともと持っている物の違いを感じました。私自身の運動神経や音感の悪さについて、ずっとコンプレックスに感じていました。
どんな運動も同じだと思うのですが、肝心なところはトルソ(体幹)が軸になっていて、その強さがないと身体での表現はとても難しいのです。手の表現一つにしても見え方や形によって、与える印象は変わります。特にバレエは言葉もない中で身体で表現します。同じ人なのに、身体には差があるのです。
やはりフォルム(形状)だと思うのです。コンプレックスに悩んだ末に、その元である人の身体の輪郭を細かに見てみたいという欲求に至りました。
「forms」は赤外フイルムで撮っているのですが、皮膚が透けて見えるのです。血流が見えるということは、やはり身体の中を、もっと言えば骨まで見てみたいという欲求があるのかもしれません。人の体はどうなっているのか覗きたいのです。
<遺伝子とプラチナプリント>
今回の展覧会の被写体は人ではなくエミューです。あれほど身体の形状に興味を持っていた櫻井さんがエミューをなぜ撮るのでしょうか?
その疑問に対して、こちらの特別対談の中で触れています(>>特別対談)。
櫻井さんは、お母さんからの紹介でエミューのいる場所に行き、強烈な印象を受けました。ちょうどカメラをフイルムからデジタルに変えたタイミングでもあり、新たなテーマとして撮り続けています。
O:今回の展示は「forms」の流れを汲んでいる気がします。「forms」も「鳥-Dromaius」も屋外で身体のパーツを撮られている。バレエで言えば演者(人、エミュー)と舞台(砂地、森林)が違うように感じます。同じバレエをモチーフにした写真家の松田洋子さんは展示の構成をバレエの幕になぞらえて表現されていました(>>たゆとう光インタビュー)。バレエの経験者である櫻井さんは今回の写真ではバレエをイメージされたのでしょうか?
S:バレエというと、イメージは純クラッシックの眠りの森の美女、白鳥の湖、くるみ割り人形などかと思います。単純な物語でも踊りとしては一番難しく、同じ物語でもダンサー次第で表現が変わるので、見応えがあり大変素晴らしいものです。
もちろんこれらの作品の影響も大きいのですが、それとは別にクレイジーな程に好きな舞台が20世紀の振付師で最も偉大な巨匠と言われているモーリス・ベジャールという振付家、芸術家が作った作品です。
有名な演目はボレロ、春の祭典、最近では、「M」三島由紀夫を没後50周年記念公演がありました(>>ボレロの動画)。魔力あるベジャールの世界にいつも連れていかれます。異界?の影響はここからかも受けていそうです(笑)。
確かにベジャールのボレロを見ると冒頭は「手」だけが出てきます。まさに身体のパーツとしての「手」です。櫻井さんの作品とのつながりを強く感じます。
O:展示の構成もバレエの影響を受けているのでしょうか?
S:展示については、メリハリとか、引きとか動きを感じられるように写真と写真の間隔を微妙に変えて並べています。鳥たちの動きがあったり、静かな部分もあります。エミューは足がまっすぐで、まるでチュチュを着ているようにも見えます。この子たちの歩き方はダンサーの動きそのものなのです。これはダンサーは見習わないといけない動きなのです。床をちゃんと蹴るようにして動くのです。
(櫻井さんは話しながら、つま先を曲げ足の裏面を先端から踵にむけて床をゆっくりなぞる感じに動かし実演されていました)
この展示には、この子たちの背中からこの毛のアップ、山のような流れのような動きを込めています。「forms」のような身体のフォルムとは、また違う感じに表現できたらいいなと思っています。
O:今回の展示では「forms」と同じように首、頭、胴体、足のパーツが撮られています。今回はエミューの顔の写真もありますが意識されているのでしょうか?
S:意識していないですね。顔に関しては身体のフォルムを表現する際に、顔が写っているとインフォメーションが強くなってしまうので、入れなかったのだと思います。また、エミューは本当はもっと地味な子なのです。赤外撮影をしているので印象が変わっています。
O:印象を変えてまで赤外で撮影するのは、「forms」と同じで人の中を覗いている感じと同じなのでしょうか?
S:そうかもしれません。本当は毛も茶色でとてもかわいいのです。あまりにも強烈な顔をしているのに性質は優しいのです。赤外写真だと印象が変わって、その見た目と性質の違いのアンバランスがとても面白く感じたのです。
松田さんは展示を一つの演目として表現されましたが、櫻井さんの場合、1枚1枚の写真で舞台を再現されている様に感じました。
事前に写真集「鳥-Dromaius」を拝見していたのですが、写真集の写真と展覧会のプラチナプリントでは元が同じ写真でも受ける印象がだいぶ違います。写真集は赤外写真を意識させるクールな感じがしますが、プラチナプリントの写真は鶏卵紙の写真を彷彿させてくれます。柔らかく温かみがあり、紙を意識させます。赤外写真の異質感を抑えているように感じます。
〔左が写真集、右が展示されているプラチナプリント〕
O:写真集の写真と今回のプラチナプリントではだいぶ印象が違います。違いがあれば教えてもらえますか?
S:写真集を作ったときは前の展示の時でインクジェットプリントでした。今回のプラチナプリントがこの写真の最終地点かなと思っています。毛の柔らかさ、まるでつかめる様なふっくらさ加減、フワフワしているような感じはプラチナプリントならではですね。インクジェットプリントだとどうしても固くなるのです。
O:エミューが太古からの遺伝子を引き継いでいる感じを出すには、デジタル感の強いインクジェットプリントより、歴史を感じるプラチナプリントのほうが良いですね。ただプラチナプリントは製作が大変と聞きましたが実際のところどうでしょうか?
S:和紙に刷毛で感光材料(プラチナ、パラジウム)を塗り30分乾かします。デジタルネガを密着させて紫外線で露光、その後現像液に入れて、水洗します。和紙が簡単に破けてしまうのでガラスの上に乗せています。
S:この技法にたどり着くまでの試行錯誤で大変苦労しました。アトリエ・シャテーヌ(>>HP)の猪俣さんには大変お世話になりました。
インタビューの間、櫻井さんはエミューの可愛さをとてもアピールされていました。
櫻井さんはエミューの撮影ではその独特な容姿に興味を持ち「forms」と同様の手法で撮影されたのではないかと思います。ただ、今回の「鳥-Dromaius / to Platinum」では、フォルムを前面に出す「forms」とは異なり、柔らかいプラチナプリントで表現することで、エミューの強い表情と優しい性格の相反する2つの要素を1枚の写真に包含する事に成功していると思います。
ぜひ皆さんも見に来てはいかがでしょうか。
赤外写真特有の非現実感があるけど、優しさを感じる不思議なプラチナプリント。おすすめです。
最後に櫻井さんの今後の活動について伺いました。
S:エミューの撮影に関しては一旦終わっていて、今後はエミューとバレエのコラボをしようと考えています。この子たちのフォルムはダンサーに思えるところがあるので、共通な恰好があるのです。
ダンサーを連れて行って撮るのですが、エミューがなかなか横に来てくれない。最初は来るのですが、飽きてどこかに行ってしまう。なかなか撮影は難しいです(笑)。
エミューのフォルムとダンサーのフォルムを写真でうまく表現できればと思っています。それで、このシリーズは終わりかなと思います。
冒頭にも書きましたがエミューは空を飛べません。鳥類の中でも古顎類に属するエミューはマイノリティであるといえます。仲間も少なく飛べないエミューはコンプレックスを持っているように感じます。
マイノリティであるエミューの持つ強い表情と優しい性格のギャップが醸し出す雰囲気。その雰囲気が櫻井さんの持っていたコンプレックスと共鳴したのかもしれません。マイノリティな人たちを撮影したダイアン・アーバスの写真との共通点を探すのも面白いかもしれません。
今後はエミューとバレエのコラボ作品。
どのような写真になるか非常に楽しみです。
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