こんにちは

カメラ好きかつ写真好きな商品企画の大久保です。

「写真」と聞いた時に、皆さんが思い浮かべるのはどのようなシーンを撮影した写真でしょうか?
例えば、自分の家族のポートレート、スポーツの感動の一瞬、旅先でのランドスケープ、自然が魅せる美しい風景、街が刹那に見せる表情…いずれも眼前にある事象をカメラで撮影した像がもとになっていて、その写真を見た人は具体的に何が映っているかがわかり、撮影した人が見た事象を再現することができます。
ではこのような写真はどうでしょうか?

まるで抽象絵画のようですが、ある方法で模様を作り出して、それをカメラで撮影しています。
この世に存在していなかった被写体を生み出しているわけです。その手法はデカルコマニーといい、ガラスとガラスの間に塗料を入れガラス同士を密着させることで偶発的に生じる模様を創り出す技法です。
おそらく皆さんが生まれて初めて見る被写体であり、それはいままで見知った人や風景などではありません。なぜ作者はこの模様を写真にしたか明確にはわかりません。
この意図が不明瞭な写真を見たときに皆さんは何を感じるのでしょうか?

これを撮影したのは師岡清高さんです。リコーイメージングスクエア東京のギャラリーAでは師岡さんの展覧会”「This word has various meanings」 -この語には多様な意味がある-”で多くの作品が展示されています(>>写真展概要)。
今回はコロナの影響もありインタビューができないので、メールで質問をさせていただきました。

師岡清高


1948年  大阪に生まれる
1968年  大阪芸術大学 美術学科 入学
1971年  大阪芸術大学 美術学科 写真専攻 卒業
1980年  大阪芸術大学 写真学科 専任講師
2004年  大阪芸術大学 写真学科 教授
2019年  大阪芸術大学 定年退職
天野竜一氏 岩宮武二氏に師事

写真展
1983年 「インプレッション」
1999年 「閉ざされた記憶」
2004年 「一瞬の表出」
2012年 「This word has various meanings」 I
2013年 「This word has various meanings」 II
2016年 「光の庭より時が眠る町」
2020年 「刻の表出」

所属学会
日本写真芸術学会    会員
日本写真協会 PSJ    会員
日本写真作家協会    顧問

<写真倶楽部>

師岡さんは大阪芸術大学の美術学科に入学され、その後同大学で教授をされていました。大学で写真を専攻され、そのままアカデミーの世界で写真について研究されていたので、写真と共に生きてこられたといっても過言ではないと思います。まず、どのような経緯で写真と接点を持たれたのか伺ってみました。

「小さな旅から始まりました。
先ず、私が写真を始めることになった理由は、母が映画好きだった事もあり、自宅近くにあった、写真倶楽部に入る事をすすめられた事でした。

もともと、私は机の前に座っていることを好まず、出かける事が大好きだったこともあり、休みの日ごとに出掛ける小さな撮影の旅が楽しく、それが私が写真を始めるキッカケとなりました。日常からの離脱。そこから生まれる多様な出会いがとても刺激的で、座学では学べない体験に魅せられ、その喜びを伝えたい気持ちが、写真を撮る事に繋がったように思います。」

 

師岡さんは大阪の出身です。
関西は日本の芸術写真の礎といってよい、数々のアマチュア写真家のサークルが生まれた場所です。例えば浪華写真倶楽部は大正時代に写真最先端の欧州で創られた新興写真を日本でも展開したサークルです。師岡さんは浪華写真倶楽部の一部のメンバーから創設された丹平写真倶楽部におられた天野龍一さんに写真を学びます。

「幸せな出会いでした。私の最初の指導者は天野先生でした。 私が出会った時にはすでにご高齢でおられ、指導を受け始め間もなく喉頭癌になられ、器具を喉に当てながらお話を聞かせていただきました。写真クラブに通い始めた頃は、まだ、16歳だったこともあり、何を写せば良いのか迷うばかりでした。月に一度開かれる研究会の中で、それぞれの作品について語られる天野先生の話を聞き、子供ながらも小さな感動を覚えました。
研究会での指導は、褒められる事でも叱られることでも無く、作者の考えを具体化するための方法を指導され、正しい答えや、ひとつしかない答えを求める概念から解放され、何か呪縛から解き放たれたような感動を覚えました。
写真は自由に創作を行えるので、私にも何か出来るのではと思った次第です。
更に写真に強い興味を持ったのは、研究会に出てくる作品から新興写真で行われていた多重露光や実験的作品を見て自由な表現に魅了され、写真で作品作りをしてみたい、自分の才能や可能性も考えず、自由であれば自分にも出来るのでは、と考え写真を撮る事になりました。今考えれば純粋でとても単純だった思います。
でも、そのような写真の魅力に気付かせて頂いたのは天野龍一先生のおかげと今ではありがたく感謝しています。
クラブの指導では、写真が保持する情報の豊かさに流されないような引き算、作品のバランスや緊張感など、写真の持つ記録性(客観性)だけではなく、主観主義の流れを強く感じさせる指導、すなわち対象の中に秘められた事柄を読み、感じる事の重要さを学ばせて頂く事が出来たと思っています。
また、作者の考えを具体的に表現するには工夫が必要であると説かれ、フレーミング・トリミング・アングルの取り方やシャッター効果(動きを活かすかどうか、絞り効果(被写界深度)には厳しい指導を頂いたと記憶しています。当時は、まだ銀塩の時代で、クラブに居られた方達から、フィルム現像、紙焼きを学ぶ事もできました。
今考えると、正直、天野先生がそのような凄い方だとは考えてもおらず、もっと色々な話を聞いておけば良かったと後悔しています。」

 

当時、新進的な表現は東京よりも関西のほうが活発に取り入れていました。写真倶楽部について師岡さんは次のように説明されています。

「関西に浪華写真倶楽部、丹平・地壊社と言う日本の写真界をリードする写真クラブがありました。丹平写真倶楽部はドイツのバウハウスの、モホリ=ナジが提唱していた新興写真運動(写真機能を生かした新しい表現を模索した運動)の影響を強く受けていた会でした。上田備山を中心に結成され、安井仲治、河野徹、椎原治、本庄光郎、棚橋紫水(後に岩宮先生とともにシュピーゲル写真協会を立ち上げ)、川崎亀太郎(猫をこよなく愛した)、そして天野龍一先生が参加されていました。
丹平写真倶楽部は浪華写真倶楽部より分派した会でしたが、浪華写真倶楽部よりはストレートフォト作品が多いクラブでした。それでも新興写真の影響は根強く、ネガ表現・レリーフフォト・ソラリゼーション・フォトグラムなど新旧取り混ぜた技法を活用した作品が多く制作されていました。

天野先生はペンジュラム・ライトグラム・オートグラムなどの技法の研究と創作をしておられ。ペンジュラムについては筑波大学と共同研究もされておられました。ペンジュラムとは英語読みで振り子のことで、天井からペンライトをぶら下げ、振り子の動きと地球の回転を利用して描かれた作品です。その他にも造形を強く意識したモダンな作品を多く残されています。」

 

バウハウス、モホリ=ナジに関してはアンドレアス・ファイニンガーの写真展でタカザワケンジさんに話を伺ったときにも話題に上がりました(>>アンドレアス・ファイニンガー写真展インタビュー)。
新興写真は、絵の具を使った絵画とは違う写真にしかできない表現を追求した写真のことで、モホリ=ナジはカメラを使わず印画紙に直接物体を配置して光を当てるフォトグラム作品を残しています(>>wiki art)。
リンク先のモホリ=ナジの作品を見ていただくとわかると思いますが、抽象的であり師岡さんの作品に通じるものがあることがわかります。
モホリ=ナジのフォトグラム以降、欧米のアートのメインストリームはジャクソン・ポロックを代表とする抽象画を経てコンセプチュアルアートへと変遷していきます。その過程でフォトグラムによる表現を駆使する人は減っていきました。
一方、師岡さんはデカルコマニーで偶然できる模様を作り出しています。それは抽象画の文脈である作品の主題の放棄からきていると思います。
抽象画は絵画の延長であるのでキャンバスに絵の具を塗り製作されます。デカルコマニーも使用するのは塗料であり、キャンバスをガラスに置き換えた抽象画ともいえます。
師岡さんの作品を見ると欧州起点のフォトグラムをもとに日本で独自の抽象表現に進化してきたことがわかります。

<This word has various meanings>

様々な模様が展示されています。そこから何を想像するかは見た人にゆだねられます。
その人だけが持つ様々な体験から、模様から何かを見出すはずです。
風景であったり、水墨画のようにも見えるし、梵字のようにも見えます。
タイトルである「This word has various meanings」ですが、”photograph”ではなく”word”を使っています。ステートメントではその意味を”記号”としています。”模様”や”写真”や”言葉”でもなく”記号”です。”word”を使った意図をうかがいました。

「世界には、その国独自の言葉がありますが、”言葉”としての語だけでは無く、記号(サイン)として広く豊かな想像を促し、狭義の想像(解釈)にならない様に”記号”とさせて頂きました。」

 

”記号”の意味を調べると情報伝達や思考・感情・芸術などの精神行為の働きを助ける媒体のことと出てきます。写真は直接言葉にはならないですが、様々な想像を促す媒体になると考えらえるわけです。そこには言語の壁もなく、あるのは人の想像力による感情の想起です。
デカルコマニーの模様はそのままでは時間や気温で変化してしまうので、写真にする必要があったと思います。
ただ、写真は拡散性など情報の媒体として優れている性格をもっており、作品を写真の形にすることで記号としての意味付けが、絵画よりしやすくなったと推測します。

この写真を見たときにどのような感情が想起されるかは見た人の数だけ存在します。果たして皆さんはどのような感情を抱くのでしょうか。

今回、残念ながらインタビューできなかったのですが、展覧会前に作品展示の立ち合いでいらした師岡さんと偶然立ち話をすることができました。
その中での師岡さんの言葉を最後に紹介したいと思います。

「水と空気という形のないものから形を見い出すということの面白さ。偶然に形が生まれる面白さ。ガラスの間に絵の具を入れる。多いときは一日50回くらいやる。同じことは繰り返さない。壊すことが新しいことを作ることにつながる。
想像するのは人間の特権ですよね。それを使って”記号”を見てもらえるとありがたい。」

 

政府から1/8に緊急事態宣言が出され、リコーイメージングスクエア東京では10:30~16:00までの短縮営業をしています。
そのような状況ですので、是非見に来てくださいとは言えません。
ですが、この見る人の想像力を刺激する作品はまたどこかで展示をされると思います。それだけの力のある作品です。この記事はその時の参考になればと思います。

リコーイメージングスクエア東京にご来館いただく際、以下のご協力をお願い致します。
・入口にて検温させていただきます。(非接触型の体温計を使用いたします)
※37.5℃以上の方のご入場はお断りをさせていただきます。予めご了承ください。
・手の消毒を行ってからの入場にご協力をお願い致します。
・来館時には必ずマスクの着用をお願い致します。
・過度に混み合わないよう、状況により入場制限をさせていただく場合がございますのでご了承ください。
・場内では、お客様同士のソーシャルディスタンス(約2m)の確保にご協力ください。
以下に該当する方々の来館をご遠慮いただきますようお願いいたします。
・咳の出る方
・37.5℃以上の発熱の有る方
・その他体調不良の方