「カメラおたくの裏の顔」というテーマで、カメラ・写真好きの他の趣味を探っていく本企画。写真家の鹿野貴司さんにも、何かないか紹介していただきました。(PENTAX official編集部)

このサイトの編集長から「シカノさんの裏の顔ってありますか?」と唐突に聞かれた。裏の顔…息子を保育園へ送り迎えして、洗濯をして掃除をして料理をつくる主夫だろうか。いや、それって裏なのか? 違うよな。裏かどうかはわからないが、経歴として話すと「意外でした」とよく言われるのが前職。大きな出版社で書籍の編集をしていた。編集者出身のカメラマンは少なくないのだが、大抵は写真を扱う雑誌だったり、取材の多い報道的なジャンルだったりする。文字ばかりの書籍畑からというのはあまり聞かない。

僕が最初に入ったのは女性向けの編集部で、占いや健康、暮らし関連の本を担当。その次はノンフィクションの編集部で、偉い作家先生のカバン持ちなどもをした。カバン持ちというのは本当にカバンを持つこともあるが、主な仕事は雑用。僕の場合、もっとも重要な仕事は取材先の食事探しだった。なにせまだスマホも食べログもなかった時代。「暑いので冷たいうどんが食べたい」「疲れたので甘いものが欲しい」といった突然のリクエストにも対応できるよう、先回りして下見を済ませる。それがスムーズかつ質の高い取材や執筆につながるのだ…と自分に言い聞かせていたが、実のところ仕事でうまいものが食べられるので、まったく苦にならなかった。もちろん原稿をいただいてからの編集作業は徹夜続き。フリーランスよろず写真屋の今とは比べものにならないほど激務だったが、耐えられたのは本が好きで、いい本を作りたかったからだ。

小さな頃から読書が好きで、振り返ると歴史の本をよく読んでいた。といっても男の子にありがちな戦国武将にはとくに興味がなく、奈良の大仏の製造方法とか、最澄と空海の邂逅とか、江戸時代の長屋暮らしとか、ただただ見知らぬ世界や出来事を想像するのが好きだった。同時に表紙のデザインとか、活字が並ぶ本文とか、物質としての本が好きだった。それは今も変わらず、見知らぬ世界が凝縮され、ページを開くとそこへワープできるというのがたまらないのだと思う。高くてかさばる写真集をつい買ってしまうのも、同じような理由かもしれない。

それは今でも変わらず、小説でもノンフィクションでも、描かれている世界を頭の中で映像化しながら読む。1冊を読むことで1本の映画を自ら監督するようなイメージだ。だから読むスピードがとにかく遅く、「おもしろくて寝るのも忘れて一気に読んでしまった」ということはほぼない。むしろおもしろい内容ほど細かく脳内描写をしてしまい、余計に時間がかかる。しかし文字情報から絵を思い浮かべることは、写真を撮るための格好のトレーニングだと思う。最近はもうすぐ3歳になる息子に絵本を読むのが日課で、多い日は15冊くらい読む。文字はほぼ平仮名片仮名、心理描写も多い文章を読み続けるのは結構疲れるが、文章と絵の関係性を意識するとこれもまたトレーニングになる。

写真を仕事にするようになってから、写真関係の書籍や写真家の著作も読むことが増えた。これは本棚にある一部。押入れや実家の納屋にもまだたくさんの本が…。

おすすめは左の山の一番上にある『音のない記憶』。編集者時代にお世話になったノンフィクション作家の故・黒岩比佐子さんが、ろうあの写真家・井上孝治氏に光を当てた名著。それからその下の『庭とエスキース』。奥山淳志さんは『弁造 BENZO』という私家版のすばらしい写真集を作られていて、僕も持っているのだがこちらはその取材ノート。写真集は限定300部が完売して入手困難だが、こちらはふつうに購入可能。それから笠井千晶さんの『家族写真』も、写真を撮る人にぜひ読んでほしいノンフィクション。とまあ、ざっくりとした紹介ですみません。

写真を扱った小説も、やはり興味深い。『谷中レトロカメラ店の謎日和 思いをつなぐレンズ』は、ご存知なペンタキシアンの方も多いと思われる推理小説シリーズの第3弾。謎を解くカギがカメラやレンズというところがたまらん。作者の柊サナカさんは友人なのだが、カメラ愛に溢れているというか、ちょっと心配なくらいマニアック(笑)な素敵な女性です。『小暮写眞館』は先日近所の古書店で救出。宮部みゆきさんは高校の大先輩で、『火車』『理由』『模倣犯』といった社会の闇をえぐるミステリーはだいぶ読んだのだが、笑いのツボをえぐるミステリーの本書はノーマークだった。期待に反していわゆる写真撮影に関することはほとんど出てこないのだが、とても楽しい青春物語であります。

というわけで鹿野的読書のススメだが、残念なのは最近街から書店が減っていること。特定の本が欲しい場合にはAmazonが便利だが、欄外で類似書を提示されてもなかなか購入には至らない。やはり書店の棚で現物に触れるほうが、買う買わないの判断はしやすいし、探す楽しさがあると思う。というわけで僕も時間があればなるべく書店に足を運んでいる。カバーの写真にも流行や傾向があったりして、これまた写真の勉強になるのだ。