>>5月に開催する写真展の準備を進めています。今回はカラー作品なのでK-3 Mark III Monochromeの出番はありませんが、「このシーンはモノクロのほうが良さそう」と思ったときに対応できるよう一緒に持ち歩いています。カラー撮影用のシステムに合わせて、レンズはHD PENTAX-DA 16-50mm F2.8ED PLM AWを選びました。2台のカメラでカラーとモノクロを撮り分けるのは、フィルムカメラ全盛の時代は普通に行っていたので特に難しいことではありません。でももう若くないので2台持ちはさすがに疲れますね。

デジタルカメラは「カラーで撮っておけばあとからモノクロにできる」ので、そのような撮り分け方をすることはあまりないでしょう。モノクロモードの場合でも、RAW形式で撮っておけば現像時にカラーにできます。つまり1台のカメラでこれまで通り普通に撮れば良いのです。カラーのままか、モノクロにするかはあとで考えて決めれば良いわけです。でも私の場合、たとえ同じ被写体やシーンでも、カラーとモノクロでは構図などアプローチの方法が異なるため全く別の写真になります。だから「カラーで撮っておけばあとからモノクロにできる」という発想はそもそもなく、その逆もまた同じ。撮影だけでなく、セレクトや画像編集でも組み立て方などが違います。カラーとモノクロで写真が2倍楽しめると言っても良いでしょう。

K-3 Mark III Monochromeのモノクロ画像は、一般的なデジタルカメラでモノクロモードで撮ったり、カラーで撮ったものをあとからモノクロ変換したものとは別物のクオリティーです。これについてはこれまで何度もお伝えしている通りで、モノクロ写真での作品制作は従来通りモノクロフィルムを装填したフィルムカメラで撮るか、あるいはK-3 Mark III Monochromeなどのモノクロ専用機で撮るか、そのすごさを知ってしまった私はこのどちらかになりました。もちろんそれは写真展などのプリント作品に限った話で、SNSなどインターネットで公開するぶんにはそこまでこだわらなくても問題ありません。スマートフォンで撮影したモノクロ画像でも問題なしです。

今回の写真展は、2013年の『九十九里』と、2020年の『海のほとり』の続編です。今回は生まれ故郷の福岡や、現在住んでいる千葉の海辺がモチーフです。2つのエリアで、できるだけ行動範囲を広げずに撮り歩いています。表面的な目新しさを求めて新天地を探すのではなく、まずは身近なところからというわけです。過去に何度も訪れたことがある場所ばかりですが、これまでは特に気にも留めなかったり、見過ごしていたものがたくさんあるのでまだまだ撮り切れていません。同じ被写体やシーンであっても、経年変化しているなど新しい発見もあり、いつも新鮮な気持ちで撮り進められています。

もちろん年齢を重ね、物事の見え方や感じ方も以前とは違ってきています。そのような自分自身の変化も柔軟に受け入れることが、継続して撮り続けるために大切だと考えます。どちらかというと周りの影響を受けやすい性格で、コロナ渦を挟んでここ数年で目にしたほかの人たちの作品もいろいろ刺激になっています。先日「ストレート過ぎると地味だが、映えを狙うと嘘っぽくなる」という言葉を何かで耳にしたのですが、私は特に後者はそのようになりがちです。それほど器用ではないので、自分の目や脳が刺激されたら、その直感を信じて淡々と撮るだけです。無理矢理絵にしようとすると、やっちゃった感が強まって逆効果なのです。

2020年の写真展のときは、カラーで撮りモノクロ化した作品も混在させていました。でも今回はギャラリーがあまり広くなく、20点くらいしか展示できないのでカラーだけにしました。K-3 Mark III Monochromeで撮影した千葉でのモノクロ作品も、テーマやコンセプトは同じなのでカラー作品と混在させることは可能ですが、そのようなことでこちらの連載でのみ公開です。このときは房総半島の南まで車を走らせ、気になるエリアで駐車し、2台のカメラを手に散策を楽しみました。カラー向けの天候を選んで出かけたので、コントラストが高めの光や構図になりましたが、階調豊かなので大伸ばしすると見応えがありそうです。プリントでご覧いただけないのが残念ですが、イルフォード、キャンソン インフィニティ、ハーネミューレといった海外の用紙メーカーのバライタ系ファインアート紙で、潮風によるベタつく感じが伝わるようにしっとりした雰囲気に仕上げると思います。