PENTAX official企画『#カメラおたくの裏の顔』
カメラ、写真を好きになる人たちにはどんな共通点、特徴があるんだろう?
そんな議論で盛り上がったPENTAX official編集部員が、試しに自身の“裏の顔”を明かしていきます。本記事は“ワイン好き”代表のHiroより
PENTAXのブランドステートメントに、「撮影プロセスまで愉しめるカメラにこだわる」という言葉がある。撮影するプロセスまで愉しむとはどういうことだろうか。これは人それぞれかも知れないが、一般的に言えば撮影の結果として得られる写真の素晴らしさはもちろんのこと、撮影するポイントを探してカメラを構えて構図を探り、どこにフォーカスを合わせるか考え、露出を決めてシャッターを切る。その一つ一つのプロセスから得られる結果を想像しながら、設定を様々に変えながら撮る行為そのものを愉しむということになるだろうか。これこそがまさに趣味としての写真撮影の大切な楽しみかもしれない。
世の中にはいろいろな趣味があるが、ワインを趣味として楽しむ人たちがいる。ワインを趣味とするというのは、ワインを飲むことがその中心にあるのが当然だが、実は飲む前にそのワインがどんなワインであり、作り手がどのような思いでそのワインを作ったか知り、さらに飲んだ後もそのワインの香りや味わいをスマホアプリ上で記録し同好の志のあいだで共有するのも大きな愉しみだ。このあたりはまさにワインを飲む前と飲んだ後のプロセスを愉しんでいると言えるかもしれない。そしてそのワインについて知ったうえで飲むと、知らないで飲む時より何倍も美味しく飲めるのだ。
ワインの原料となるブドウの種類は、生食用も含めて1万種類もあるといわれ、ワイン用の主要品種だけでも100種類を超える。さらにブドウを栽培する場所、つまり産地も伝統的なフランスやイタリア、スペイン、ドイツなどに加え、ニューワールドと呼ばれるアメリカ、アルゼンチン、オーストラリア、南アフリカ、チリから、最近は中国も生産量が多い。そのブドウの種類と産地の組み合わせだけでも無数にあるのに、そこにさらに様々な作り手(ワイナリー)という要素が加わる。作り手によってブドウの栽培方法やワインの醸造方法が異なる。そしてさらにややこしいのが、ヴィンテージと呼ばれるブドウの生産年によってもその年の気候が異なるため味や香りが異なってくる。これだけ様々な要素があればその組み合わせで無数のストーリーが生まれてくる。
例えば、「ピエモンテではかなりの良年だった2005年のサンドローネのバローロは、ネッビオーロのエレガントさと力強さが美しいハーモニーを奏でていて最高です」などの試飲コメントがワインショップなどに掲示されていたりする。これは一般的にはなかなか分かりにくいコメントだと思うが、まずピエモンテというのはイタリア北部の州の名前である。かつてトリノオリンピックという冬季オリンピックがあったが、そのトリノが州都なのがピエモンテ州だ。トリノはフィアットの本社がある工業都市だが、ピエモンテ州も田舎に入ればブドウ畑が広がり、高級ワインの銘醸地として知られている。次に2005年というのはブドウの生産年(ヴィンテージ)を表している。ワインのボトルに書いてある年は、ワインを瓶詰めした年ではなく、ブドウの収穫年を示している。ヴィンテージの後にある「サンドローネ」というのは、ワインの作り手つまりワイナリーの名前である。サンドローネはこの辺りでは有名な作り手で、世界的に人気の高い作り手である。その分、値段も結構お高い。そしてそのサンドローネの「バローロ」だが、バローロというのはイタリアワインではとても有名なので聞いたことがある方もいらっしゃると思うが、このバローロというのはピエモンテ州の中にある村の名前である。フランスやイタリアの高級ワインは、基本的にワインの名前は地方の名前や村や畑の名前になっている。フランスのシャブリやシャンパーニュも地方の名前だ。そして地方名から村名、さらにその中の畑の名前という風に細かくなっていけばいくほど高級ということになっている。したがってバローロは村の名前なので十分に高級だ。そしてこれらの高級村名ワインは、法律によって使って良いブドウの品種が決まっている。バローロでいえばネッビオーロ100%でなければならないと法律で決まっているのだ。したがってワインの名前がわかれば使われているブドウ品種は想像がつく。
さて、ワインを飲むときには当然グラスを使うわけだが、このグラスにも様々な工夫とこだわり、すなわちストーリーがあり、飲むワインに合わせてワイングラスを選択するところからすでに飲むプロセスの愉しみが始まっている。
ワイングラスには様々な種類があり、飲むグラスによってワインの味が変わるなどと言われるが本当だろうか。実際に、安いワインでも大ぶりな高級ワイングラスで飲むと意外に美味しく飲めたりする経験をお持ちの方もいるかもしれない。これは一つにはワインで最も重要な要素である香りが、大きなグラスのほうが液面近くに溜まりやすく、飲むときに香りを感じやすくなるからだと考えられる。また唇に触れるガラスの厚みも、高級グラスほど薄くなるため、薄いほうが唇にガラスを感じにくく、ワインの質感(テクスチャーと呼ばれる粘度や舌ざわりなどの感覚)を感じやすくなるということもあるかもしれない。
比較的高級なワイングラスには大きく2つの方向性がある。一つはバカラなどに代表される工芸品としての価値もあるワイングラス。もう一つはワインをいかに美味しく飲むかという機能性を追求したグラスだ。こちらの方向性の代表的なメーカーはオーストリアのリーデルやロブマイヤー、ザルト。さらにドイツのツヴィーゼルなどだ。
これらの機能性を求めた高級ワイングラスはどれも大ぶりで非常に薄いガラスでできている。ステムと呼ばれる脚の部分も非常に細い。そのため大ぶりでありながらとても軽くできている。ワインを入れるボウル部分が大きいのは、先ほども触れたようにワインの香りを溜めて、飲むときに香りを感じやすくするためということもあるが、もう一つの理由は、ワインと空気が触れる表面積を大きくしてワインの香りを開かせる目的もある。ワインは抜栓後に空気に触れることでトゲトゲしさが減少して柔らかくなり、同時に香り成分が揮発しやすい状態になることがある。これは特に赤ワインで顕著で、ソムリエによってはワインの提供前の1時間前や場合によっては半日や一日前に抜栓しておく人もいる。もちろんワインの状態は様々なので、どのぐらい前に抜栓するかはケースバイケースのようだ。私の場合は1時間前に抜栓しておくことが多い。
ボウル部分が大きいもう一つの理由は、スワリングのしやすさだ。スワリングというのは、ワインをグラスの中で回してより空気に触れさせて、柔らかくすると同時に香りを立たせることをいう。よくワインのテイスティングの時に見かける、あのグラスの中でワインをくるくる回しているあれだ。高級なワイングラスはボウル部分が大きいと同時に、ボウルが上に向かってすぼまっていることが多いが、これは香りを溜めやすくすると同時にスワリングもしやすくなる。余談だが、レストランでワインをボトルで注文すると、ホストテイスティングをソムリエから求められることがある。求められるというか、勝手にホスト(要は幹事というかお金を出す人)のグラスに少量を注がれて、待たれる。あれが苦手だという人は多いと思うが、あのテイスティングは別にワインの味や香りについてのコメントを求められているわけではない。またテイスティングして想像していた味と違っていたからと言ってワインを変えてくれるわけでもない。では何を求められているかというと、ワインが熱などで変質してお酢のような味になっていないかの確認と、ブショネと言ってコルクのカビ臭がワインについてしまったりしていないかを確認するというのが目的だ。要は変な味がしないか確認してくれというだけの話である。変な味がしなければ軽く頷き「お願いします」と言ってゲストにも注いでもらえばそれでOKだ。
それはさておき、ワイングラスは同じメーカーの中でも色々な形のものがある。例えばリーデル社のグラスだと同じ価格帯のシリーズの中でもカベルネソーヴィニヨン用、ピノノワール用、シャルドネ用、シャンパーニュ用などいくつかの形のグラスがある。これらはシャンパーニュ以外はブドウ品種の名前だ。カベルネソーヴィニヨンとピノノワールは赤ワイン用の品種。シャルドネは白ワイン用の品種だ。カベルネソーヴィニヨン用とピノノワール用は同じ赤ワイン用でも形が少し違う。カベルネソーヴィニヨン用に比べてピノノワール用はボウルの先がよりすぼまった形をしている。これはピノノワールの赤ワインは比較的酸っぱいため、飲むときにグラスをより傾けてワインを速いスピードで口に入れて舌の上を通過させることで酸を感じすぎないようにさせるためにそうなっている。実際に同じワインをこの2種類のグラスで飲み比べてみると、確かに酸味の感じ方が違うから面白い。グラスのボウルのすぼまり具合にもちゃんと理由があるのだ。これから飲むワインの味と香りを、ブドウ品種や産地そして作り手から想像して、その良さを最大限引き出してくれるグラスはどれかを選択するのも愉しい。
このように飲む前のグラス選びからワインを愉しむプロセスは始まっている。それはちょうど、趣味の写真撮影で今度の週末はどこに撮影しに行こうかあれこれ考えているときの楽しさに少し似ているかもしれない。