こんにちは

カメラオタクかつ写真オタクな商品企画の大久保(以下O)です。
こんな時世ですが、新しいカメラで撮影してきました。いつか別の機会で紹介できればと思っています。

今は屋外で撮影するには気を遣いますが、密さえ避ければ室内の写真は比較的撮りやすいと思います。
ここ写真家の思点で記事「人の気配」を投稿いただいた松田洋子さん。
松田さんは室内写真をよく撮られていて、リコーイメージングスクエア東京のギャラリーRで「たゆとう光」が7/27まで開催されています。

そんな松田洋子(以下M)さんに今回の展示についてお話を伺ってきました。

松田洋子

神奈川県横浜市横浜市在住。日本写真協会会員。
2008年、フラワーアレンジ撮影のためRICOH R10を購入したのがきっかけで写真を始め、デジタル一眼レフカメラ教室へ。
2011年、講師を招き写真ワークショップを企画運営しながら同時に写真を学び、2年後に自宅で女性限定写真教室を開講。現在は横浜駅すぐのアトリエで女性に向けた写真教室を行なっている。
そのほかCP+講師、カルチャーセンター講師、企業社員向け講座なども行う。
写真家として個展、グループ展も多数出展。
HP:YOKO MATSUDA PHOTO
リコーフォトアカデミー講師

<写真家への道>

松田さんの経歴を拝見すると個展を開く前に写真教室を開催しています。写真家になられた経緯に興味がありました。

O:松田さんは写真を始められてわずか3年後に写真のワークショップを企画されています。写真家に至る経緯が一般的な写真家と少し違うと思うのですが、その経緯を教えていただけますか?
M:私はプロの写真家になるとは思っていませんでした。フラワーアレンジメントをやっていたのですが、その花の作品をきれいに撮れたらいいなと思い写真を始めました。
ただ、もうちょっと心象風景というか自分の思ったイメージに近いものが撮れたらいいなと思い、いろんな先生のワークショップにも伺いました。しかし、私の質問に対する答えがしっくりこなかったりしていました。
モノをそのまま映す写実ではなく、柔らかい光とか風が吹いているような空間、そこに誰かいたような、もしくはこれから来るような雰囲気のある写真を撮りたい。そういうのを教えてくれる先生と出会えなかったのです。そんな時にたまたま新聞のチラシにあった写真の雰囲気がとてもよく、その写真を撮った写真家のワークショップに参加しました。そして、多くの友達が写真をやっていたので講座を企画しようと思い、その講師をお願いしました。
O:ワークショップに参加して、そこから講座を開く行動力がすごいですね。
:当時ブログを運営していて、そこで知り合った人を集めた様々な講座を企画していました。
皆さんのそれぞれの持っている力をいろんな人に紹介したいと思っていて、私もフラワーアレジメントの講座をやったりしました。私は活き活き活動している人を紹介できる場を作るのが得意でした。
何回か講座を企画しているうちに、女性にカメラを教わりたいという方(女性)がいらっしゃったので、写真教室を始めました。

自分から積極的に講座などのイベントを企画してしまうなど活動的な松田さん。しかし写真は対照的で、落ち着いた心象的な写真になっています。

<心象的な写真>

O:最初は花を撮られていたと思うのですが、そこから心象的な写真を撮りたいと思うようになったのは何か背景があるように思えます。
M:最初は植物図鑑のようなかっちりしたお花の写真を撮っていたのですが、何かつまらないと感じるようになりました。
もともとクラシックバレエやジャズダンスが好きで毎年発表会に出演させていただいたりしていました。
舞台は照明を当てたり、衣装やちょっとした顔の向ける角度とかで表情が変わります。私も出演したり先生の舞台の練習を見るなど5年くらい勉強していました。舞台の上だけで世界を造り出す舞台芸術にとても興味がありました。
O:演劇に近いですね。演じる舞台ではテーブルなどのしつらえは同じなのにシーンによって空気感はがらりと変わります。そこで光や雰囲気に対するこだわりが作られたのですね。
M:そうですね。光の入り方とか気になりますね。お花が何かを訴えかけているような、風に揺れているような写真が撮りたくなったのです。それはシャッタースピードを調整するというテクニック的な事ではなく、何かお花が揺れ動いているような写真が撮りたかったのです。私は擬人化や何かに例えるのをよくするのですが、そこから先につながるイメージを拡げたいという気持ちが強いのです。
O:なるほど「窓辺のまなざし」(*1)の花の写真は視点を一点に集中させず面白いですね。どこにピントが合っているかすぐにはわからないけど独特な雰囲気を纏っています。

:心象的な写真はお花から始めました。お花をそのまま撮るのではなく、ガラスを1枚入れて写り込みと奥の花とその先の景色と3層のレイヤー構成にしています。レンズは柔らかい描写のオールドレンズを使っています。
どこにピントがあるのかわからない。バレエの舞台のイメージですね。
バレエには夢の場面が必ずあってそこに近いと思います。不思議な夢の中の世界の再現ですね。
photoshopはあまり使っていません。撮りっぱなしです。

*1)窓辺のまなざし:2017年の個展「窓辺のまなざし」開催時に作った写真集。今回の展示会場で購入可能です。

<たゆとう光>

古い洋館の中、椅子やドアといった室内にしつらえてあるモノや窓や照明の光を切り出した写真が木製の額に入れられ整然と並んでいます。また写真は自然光や室内の照明のその場にある光で撮影されており、その落ち着いたトーンが静謐な雰囲気を醸し出しています。

O:そもそも部屋の中の写真を撮るようになったのはなぜでしょうか?
M:閉ざされた空間が好きなのですが、小学校の時にプロテスタントのキリスト教の学校に通っていました。毎週礼拝の時間がありました。教会の中に入るとオルガンの音色、讃美歌が流れ、ステンドグラスから入ってくる光があり、その中で聖書を読んだりするのが、なんとなく落ち着いて心地よい時間でした。それがもとで部屋の中で過ごすのが好きになりました。
O:写真が洋館中心になるのがうなずけますね。
M:横浜の山手西洋館(*2)が好きですね。たまたま居留地に父のフランスの友人の方が住んでおられて、子供のころよく行っていました。
O:展示を拝見すると、手すり、ドアノブ、椅子は繰り返し出てきます。実際に人は写っていないけど、表面に使い込みによるツヤが出たドアノブや手すりなどに人が触った痕跡があり、人の存在を感じますね。

M:人をそのまま撮るのが苦手ではないけど、人を入れずに人を感じさせる写真を撮りたいというのは思っています。
私には自分の世界に引きこもる面があって、そういうのが人が出ていない写真なのかと自己分析しています。
O:また、時計の写真もあり時間を暗示していると思いました。建物の外の時間と建物内の時間の流れが違うのかと思いましたが、時間に関してはどのように考えておられるのでしょうか?
M:時間とはなんでしょうね。表現したいのですが、まだわかっていないです。
自分のために心地いい時間を作りたいのにできていない。自分のための心地よい時間に憧れがあるのかもしれないですね。
O:松田さんは他の人のために講座を企画されるような活動的な面もあり、そこと落ち着いた作品に矛盾があるのが良いのかもしれませんね。
一方で
松田さんは光にもこだわりがありますね。
M:窓から光が差し込むタイミングが大切で、冬から春の日の角度が一番長くなる時が好みです。光が強すぎると被写体のコントラストが強くなりあまり良くなく、柔らかい光を狙っています。室内の光でも撮影しています。
O:こちらは個人的に印象に残った写真なのですが、外からの光と室内照明の組み合わせで独特の雰囲気でさらに微妙に揺れを感じます。

M:こちらは脇にガラスの削ってあるところがあり、ランプが入って映り込んだところを撮りました。
O:今回の展示の写真はすべて同じ建物の写真でしょうか?
M:8割は萬翠荘(*3)という建物を撮っています。残りの2割は山手西洋館で撮っています。萬翠荘と山手西洋館は港の近くにあり、航路でつながっていたようで共通点が多く見られます。例えば同じようなステンドグラスがそれぞれにありますね。
O:てっきり一つの建物を撮っておられるのかと思っていました。どのように撮影されているのでしょうか?
M:写真はできるだけ似た感じのものを選んでいます。撮影は1日で撮っています。2種類の焦点距離のレンズを使い2度建物内を巡って撮影しています。最初に43mm(smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited)で撮って、次に77mm(smc PENTAX-FA 77mmF1.8 Limited)で撮影するといった感じです。
O:撮影中にレンズを変えないのですね。焦点距離を変える理由があれば教えてください。
M:撮影中にレンズを変えると集中力が切れてしまうのです。全部同じ画角だと動きがなくてパンチを効かせたいと思っています。レンズは43mmとか50mmの標準系と77mmや85mmの中望遠系を使っています。
標準系は冷静にいつも淡々とした視点になります。中望遠系は世界にもっと入り込み集中するために使っています。

*2)山手西洋館:神奈川県横浜市にある外国人居留地にのこる7つの西洋館(公式ホームページ
*3)萬翠荘:愛媛県松山市にある1922年に建設されたフランス風洋館(公式ホームページ

<第3幕:夢の世界>

O:こちらの壁の写真はほかの壁と異なり、並びにリズムがあります。光の写真が多く、額も金色ですね。

M:あちらの壁は夢の場面です。バレエで言うと第3幕。写真の並びも揺らしています。
少しイメージを変えるため額に金を使ったらどうかなと思って、雰囲気を変えられたらと思っています。
この展示にはストーリーがあります。第1幕、第2幕では自分が頑張っているのに光(やりたいことや目標)が見つからない。あきらめて力を抜くと光が見つかる(第3幕)。 第3幕は夢のような現実から離れた場面が多くなっています。
第1幕、2幕で大変なことが起こり第3幕で夢が入り、第4幕の中和した感じにつながっています。
O:そうなんですね。その流れを聞くと第3幕の反対側にある第4幕の写真がまた違って見えます。今回の展示はバレエの舞台になぞらえているのですが、バレエの演目に例えるとどの作品に近いでしょうか?
M:イメージ的には「眠りの森の美女」が近いかもしれません。ただ、どんな作品も第3幕に夢のシーンはあるので他の作品にも当てはまるかもしれません。

O:松田さんの今後の作品作りはどうなるのでしょうか。
M:建物シリーズはいったん封印して、五島列島の教会群を撮影しようかと思っています。歴史を勉強して撮影をして作品にしたい、屋外の風景写真やモノクロにもチャレンジしていきたいと思っています。
O:松田さんの写真を拝見した際にヨゼフ・スデク(*4)の写真を思い浮かべました。ヨゼフ・スデクはモノクロで窓際の心象的な写真、屋外の森の写真もありますね。
M:私の先生がとても参考にされている方ですね。私の写真はその流れを汲んでいると思います。福原信三さん(*5)も似ている写真を撮られていますね。テリー・ワイフェンバックさん(*6)に近いと言われます。彼女の写真展がIZU PHOTO MUSEUMで開催された時に会いに行きました。

福原信三さんは大正時代に日本の芸術写真の礎を築いた方で、心象的な表現の写真を残されています。松田さんのバレエの舞台芸術をベースにした写真がそこに近づくのは必然だったのかもしれないと思います。松田さんの花の写真の雰囲気は確かにテリー・ワイフェンバックさんの写真と近いです。
バレエの舞台のような流れのある展示「たゆとう光」。展示には短い言葉が添えられてあり見る人の想像力を刺激してくれます。ぜひ観に来てはいかがでしょうか。心象的な写真を前に落ち着いた時間が過ごせるかと思います。

*4)ヨゼフ・スデク:「プラハの詩人」と呼ばれたチェコ出身の写真家。ギャラリーRで展示「re collection」を行った黒田和男さんの写真にも影響を与えている(インタビューはこちら)。戦争で右腕をなくし1920年以降写真家として活躍している。
*5)福原信三:大正時代に「写真芸術」を確立すべく活躍したアマチュア写真家。(株)資生堂の初代社長。
*6)テリー・ワイフェンバック:アメリカの写真家。自宅の裏庭の自然写真を独自の表現で撮影している。IZU PHOTO MUSEUMで行われた個展の美術手帖に掲載された紹介記事はこちら

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