– このテーマで作品を創作するために、ネイチャー写真家の小林義明氏は、どのような観点で見つめ、思考を巡らせたのか  –

撮影イメージの具体的なテーマを持って撮影する場合、あらかじめ被写体や撮影する季節や時間帯などを予測して決めておく場合と、偶然に撮れた写真を当てはめることがある。私は「いのちの景色」を大きなテーマとして撮影していて、風景に比べていきものを被写体とした場合、イメージ通りに撮影できるまでに時間がかかることが多い。数日や数ヶ月で撮れることもあれば、数年かかることも珍しくない。いいシーンに出会っていながらうまく撮れなかったイメージをまた追い続けることもある。短期間にいきものを思い通りに撮るなど、よほど運が良くないとできないと思っていたほうが正しいだろう。

今回の「夕暮れの帰り路」の作品は、野付半島で日が傾き始めたときに出会ったエゾシカのオスを撮影したもの。夕陽に照らされるなか水辺を歩いて行くその姿を住処へと歩く姿として捉えている。また手前に生えているススキを前ボケとして秋らしい雰囲気を取り込み、野付半島のシンボルでもある枯れた松を入れ、赤みがかった光で夕暮れの雰囲気を加えることで、場所や季節感を表現しながらもテーマに近い作品とすることはできたと思っている。

いきものをテーマとするときは、先ずはその姿を見られることが重要で、その先は運次第とも言えるだろう。時期によって少しずついきものの行動は変化し、一般論など当てはまらない。長く見続けることで行動を理解して次の動きを読み、運を味方に付けるしかないのだ。

いきものを身近に見ることができる道東とはいえ、必ず出会える保証はない。今回はいきもののなかでも出会える確率が高いエゾシカを見やすい場所を選定して、天気を見ながら夕陽が見られそうな日に出かけている。結果的には地平線近くに雲があり、太陽がもっと赤くなる前に雲に隠れてしまったこと、エゾシカの位置が太陽とからまなかったこと、色づいてくる前にエゾシカが移動してしまったことなどで100%イメージ通りにはならなかった。また撮りたいイメージがひとつ増えたわけだ。

今回この写真家の思点(してん)というコンテンツに掲載するにあたり提示されたいくつかのテーマのなかで、「夕暮れの帰り路」に近いイメージのカットを選んでいるが、実際に撮影しているときには、「秋の足音」という少し異なるテーマを思いながら撮影していた別カットもあった。オスジカの群れが草の穂が風になびくなか草を食んでいるカットだ。まだ緑も残っていて、季節の移り変わりを表現しながらいきものの行動を捉えている。行動の内容を伝えるにはアップで捉えた方が分かりやすいが、季節感や環境を同時に見せる場合は周りの景色をバランス良く取り込む必要もある。絵になる場所にいてくれることも運次第となることが多く、他の人がいると驚いて逃げてしまうこともあり、なかなか難しい。このときも、静かに草を食んでいたところにライダーがやって来て、顔を上げさせようとクラクションを鳴らしたために嫌がって動き始めてしまったのだ。いきものを撮影するのなら、その動きを邪魔することなく自然な行動を捉えることが大切。それだけは心がけていきものに接するようにして欲しい。