「夏天(KATEN)」の奥深さを知った私は、K-3 Mark IIIにHD PENTAX-D FA 21mmF2.4ED Limited DC WRを付けて三浦半島東部・浦賀駅に降り立った。
新しくリリースされたカスタムイメージ「夏天(KATEN)」、その名の通り「夏の濃い青空や眩しく白い雲のディテール表現をイメージ」したという。猛暑日が続くまさに今の時期にぴったりの内容。しかしながら対応レンズは持っていないし、RAWデータから自分の色調にレタッチしていくスタイルなので当初は正直へぇと思うくらいでさほど気にはして無かった。
この時はまだ、夏天によってカスタムイメージの奥深さを突きつけられることになるとは思ってもいなかった。
発表してしばらくしてどのような画像チューニングが施されているのか気になり、PENTAXさんに夏天のサンプルイメージを頂くことにした。というのは表向きの理由で、仕事も趣味もPhotoshopな私は、夏天と同様のLUT(Look Up Table、簡単にいえば色調を変えるフィルター)が作れないか興味津々だったのである。心の中ではミッション・インポッシブルのトム・クルーズ、夏天を作ることが私の重要ミッションとなったのだ。
夏天の画像を見ると全体的にコントラストを上げて色の濃度を上げ、雲の部分に当たるハイライト部の質感を出すべくハイパスを入れている印象。中間調から上はグリーンの彩度を上げているのだろうと分析。オーホッホ、ほら見なさい、簡単ではないか。さっそくPhotoshopでLUTを作り、頂いたオリジナル画像に当てると夏天になった。ミッションクリア!と言いたい所だったのだが、他の画像にも適用できるかチェックするために冬の北京の写真に当ててみたら赤外写真のようになってしまった。
なんてことだ!まさか新カスタムイメージにはAIが搭載されており、自動で雲や草木の部分をカメラ内で選択し細かい処理が行われているのか?と本気で思うほどだ。自分で作った LUTを微調整してもなかなか上手くいかない。もう見えない開発者との戦いになっていた。数時間後、一つの結論に達した。このカスタムイメージは細部までこだわり抜かれて作られた究極のものだと。
メーカーが作るカスタムイメージ、特定のシチュエーションでは良い結果になるが、ちょっと条件が噛み合わないととんでもない色転びが出るなんてことは許されないのである。機会があれば開発者の方に色々話を伺ってみたいが、一つ声を大にして言いたいことは、カスタムイメージを作るのは超大変だということ。僕みたいに北京の冬に使う人だっているかもしれないし、夜景撮影に使うかもしれない。色々なシチュエーションを想定し、破綻のないように作る。もはや脱帽である。これはレンズが制限されても仕方ない話だ。
しばらく都内を撮影していたのだが、夏天の本領発揮が出来そうな場所は常に頭の中にあった。三浦半島東部に位置する浦賀である。まだ横浜の実家にいた時はよく撮りに来ていたが、都内からだとちょっとした小旅行だ。
K-3 Mark IIIに21ミリだけを持って浦賀駅に到着。浦賀は東京湾から続く浦賀湾によって東西に分かれている。そのため今でも互いの街を結ぶ渡し船が出ている。定期船ではなく、船がいない時はボタンを押すと5分くらいで対岸からやってくる、なんとものどかな風景だ。西部には海を埋め立て建設された日本でも珍しいかもめ団地がある。海の上にあるような独特な景観でよく撮りに行った場所。駅から右に行くか左に行くか、一日の全てを賭けた判断の時である。
写真家としてのセンサーを働かせ、その日は右・浦賀東部が僕を読んでいる気がした。マスク越しでも分かる磯の香り、海鳥の鳴き声、視覚を閉ざすことで感じられることは多い。
夏天しながら歩いて行く。新しい21ミリは軽すぎず重すぎずとても良い。APS-Cでは約30ミリ。ぎっしりつまったレンズのせいか、シャッター音が心地よく耳元で響く。白飯三杯はいけるほど優美な音だ。俊敏なAFと相まってさくさくっと肉眼で景色を切り撮っていく感覚を覚える。
駅から歩くこと30分ほどで海にでた。古くから海上交易が発達していたこともあり江戸時代に作られた和式灯台・燈明堂が復元されている。遠くには房総半島が見え、すでに海水浴を楽しむ人がちらほらと。直接水に触れられる距離まで来ると、地球の大きさを感じる。
夏天はフラットな光だとあまりその良さが味わえないのだが、ちょうど青空に綿飴のような雲が浮かんでいる。まさに夏天日和。しばらく使っている印象だと、ノーマル夏天はやや彩度とコントラストが強いシーンがあったのでそれぞれ1ずつ下げて使っている。夏天でベースを作り、仕上げの段階でコントラストの調整をするのもありだ。
K-3 Mark III内でカスタムイメージが複製でき、通常のものと自分なりにカスタマイズしたものを別々に保存することができればシチュエーションに合わせて使い分けができるので撮って出し派の人にも良いと思う。上げすぎたコントラストを戻すことは画質低下に繋がるので将来のファームアップに期待したい。ちなみに夏天はややノイズがあった方が見栄えが良いので、あえて高感度で撮るのも効果的だ。
今までカスタムイメージは、一目で使った感が分かるものが多く作品に使うには適さないと思っていたが知らぬ間にずいぶんと進化していた。本当にPhotoshop等の編集ソフトで意図を持って編集したように見える。夏天というと青空と緑あふれるネイチャーを切り撮るイメージがあるが、そんなことはない。都市風景を夏天した時、どんな化学反応が起きるのか次回探ってみたい。試してカッテン!
©Sho Niiro