10月のお題は…『ぽつんを撮ろう』
近くから撮っているのに遠く感じる、そういう写真ってありますよね。物理的な距離と心理的な距離感というのが必ずしも一致しないのが写真の面白い所でもあります。今回のお題はずばり「ぽつん」。いわゆる点景というものですが、画面内に被写体が小さく写るからこそ際立つこともあります。自分と被写体の心の距離感を感じながら撮影してみてください。
新納翔 師範からの10月のお題は『ぽつんを撮ろう』でした。
このお題に投稿いただいた中から師範が選んだ作品を、添削コメントを添えてご紹介します。
EXIFデータから撮影者の心情を読み取る科捜研の男、新納です。
このところ2回連続で免許皆伝が出て、そろそろ道場破りに師範の座を狙われるかもしれないので厳しく講評させていただきます。
10月の挑戦者その4:yuu-changさん
不審者に注意!
岡山県在住、男性。少しでも写真の腕を上達させようと、ペンタックス道場への応募を続ける日々です。PENTAX KPとsmc PENTAX-DA 35mmF2.4ALで撮影。
師範の判定結果は・・・
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もう一歩!
カメラって不思議なものですよね、撮影していて私もつくづく感じます。一人の男が(しかも平日の日中に)街を徘徊していても、カメラを持っているだけで「あー、この人は何か写真を撮っているのだ」と、存在を許されるように感じます。カメラがなければ完全に不審者だという自覚があるので、いわば身分証明書のようなものなのかもしれません。感覚が麻痺して不審者だと思われていることを自覚していないという説もありますが・・・。
そういう時に「不審者を見かけたら連絡を!」「この付近痴漢がでます!」などの看板を見ると、自分のことを指しているようでドキッとしてしまいます。
この写真はそういうメッセージが込められているように感じました。カーブミラーに書かれた「注意」の文字が指すのは鏡の中の男。例え虚構の世界に逃げたとしても、カメラという装置を持って景色を切り取って持ち帰るという窃盗に罪悪感を抱いているような作者の心情が見事にあらわれていますね。ちょっと皮肉の効いたユニークな一枚です。
ミラーの後ろには一台ぽつんと止まっている黒い車に対して、鏡の中には縦位置に構える怪しげな撮影者の後ろにたくさんの車。この対比構図も面白いです。
見方を変えればセルフポートレート作品とも言えます。ぽつんと写る作者は画面面積でいえばとても小さいのですが、矢印などをうまく使って存在感がしっかり出ています。とてもユニークな写真であると同時に、かつてカメラは何か特別な日にしか出てこなかったものが日常に侵食してきたことへのアンチテーゼにも見えるダブルミーニングな作品。単写真だけでなく、一つのシリーズとして見てみたいという可能性を感じました。
曇天でコントラストが低いので、フラッシュ炊いても良かったですね。鏡の中にフラッシュの光がピカっと写って面白い効果が出たかもしれません。
〔左)元の作品 / 右)新納翔師範によるレタッチ見本〕
※スライダーのドラッグで表示画像を切り替えられます
10月の挑戦者その5:よねんちさん
新宿歌舞伎町 TOHO CINEMASの前で店の看板を持ち佇むメイドのバックショット。
彼女の存在などまるで気にしていない通行人が行き交う繁華街で独り立つ姿に、
ぽつんとした孤独感を感じてシャッターを切った一枚です。
東京都在住、男性。*ist DSの購入でデジタル一眼レフの世界に足を踏み入れ、現在はK-3 Mark IIIをメインに街の風景スナップを中心に撮影しています。PENTAX K-3 Mark IIIとsmc PENTAX-D FA MACRO 100mmF2.8 WRで撮影。
師範の判定結果は・・・
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残念ながら・・・
今回のお題「ぽつん」を皆さんがどう解釈し、作品に仕上げるかという点に興味を持っておりました。その中でもなるほど、こういう「ぽつん」もあるのかと気付かされた一枚です。
看板を持つメイドさんのバックショットと行き交う人の対比構図によって都会ならではのよそよそしさから、ぽつんと佇む様子を強調させようというは良い発想だと思います。これだけ人が写っているのに、非常に「ぽつん」感が出ているのは丁度よいさじ加減のボケと構図がうまく効いているのでしょう。また、狙ったかどうかは分かりませんが曇天というのも良い方向に効いています。
顔が見えないからこそ、彼女はどういう表情をして立っているのだろうかと、見る側に考える余地を与えることはとても重要なこと。鑑賞者に写真を「読ませる」というのは一つのテクニックです。
一枚の写真の中に色々な向きが存在しています。この場合、メイドさんの目線である手前から画面奥の向き、行き交う人たちが作り出す左右の向き。そういう風に考えると、画面左のこちらを向いている女性はボケてはいるものの、こちら側への向きを作ってしまい「ぽつん感」が薄れる要因になってしまっているので、トリミングによって切った方がいいでしょう。
また、画面下の空白をなくすことによって一人佇んでいるメイドさんと群衆という対比構図がより強調されるはず。撮影後なのでトリミングするしかありませんが、正直にいえば撮影時半歩前に出て撮っていれば良かったということです。それによってより行き交う人々はボケますし、もう少し画面内の密度が高くなるので雑然とした感じが増したと思います。これはストリートスナップにおけるとっさの判断力が問われるところですね。
こればかりは経験によるものなので、焦点距離にあわせてファインダーを覗かなくても画角を把握できるくらいまで染み込ませてください。
また、ややハイキーなのは少し抑えた方が良いでしょう。ネオンなどはコントラストを上げることによって色が濃くなります。曇天下での撮影は被写体の色彩がくすみやすいので部分的なレタッチでカバーしましょう。仕上げの段階で減点があったので、次回はしっかりと細心の注意を持って投稿してくださいませ。
〔左)元の作品 / 右)新納翔師範によるレタッチ見本〕
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10月の挑戦者その6:Melyukiinaさん
【ぽつんと妻】
長男が3年間働いた会社でパワハラに悩まされうつ症状でやめ、その後転々とする中、
半年ぶりに再就職先が決まったが山奥の工場勤務、自然がいっぱいのアパートに引っ越しをすませた。
近くは観光地である山城があったが、天気の悪さとコロナの影響で人っ子一人いない。
暗雲と霧の立ち込める景色を見ながら将来の不安はぬぐえぬままに
愛知県在住、男性。中学で星が好きになりRICOH XR500を手にしてマニュアル撮影デビュー。PENTAX望遠鏡は天文雑誌などで憧れブランド。いまはデジタル一眼K20D,K-5,K-1と乗り継ぎ、THETAも手にしたRICOH-PENTAXに育ち現在に至る。PENTAX K-1とHD PENTAX-D FA 15-30mmF2.8ED SDM WRで撮影。
師範の判定結果は・・・
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もう一歩!
小雨が降っているのか、霧に霞む景色がとても幻想的な一枚ですね。広角で撮っているのも功を奏しているとExifを見たらまさかの15mm。パースを全く感じなかったので、撮影時に遠景に対してしっかり正対して構えたのでしょう。こういう些細な所にベテランの腕が光ります。
作風によってはアリなのかもしれませんが、第一感画面全体に渡って彩度がちょっときついと感じました。ステートメントを見ると「不安な心情」を抱きながら見た景色とあるので、それだと作者の心情と景色のトーンが一致していませんね。グリーンの鮮やかさ、空の青さなどで爽やかな雰囲気になっているのです。仮に違うステートメントでしたら問題視しなかったと思うのですが、レタッチは明るさなどの色調補正の他に撮影時に感じた記憶色の再現でもあるのでちょっと違うかなと。
レタッチ例はもしMelyukiinaさんと同じ心情だったらということを加味して編集しました。暗雲の立ち込める様子と将来の不安から、ダークトーンにしややノイズィーな雰囲気にしてみましたので参考にしてみてください。
また、遠くに見える街並みをもう少し分かりやすく出してあげれば自然との対比にもなりますし、見るポイントが増えるので作品に深みが出ると思います。主題はあくまでぽつんと立っている奥様ですから、画面下中央の緑は切ってしまいましょう。
何を見せたいのか、ここでの主題は何なのかをきちんと意識することが重要です。
蛇足ですがf4.5、1/2000というデータでしたらまだ余裕があるのでf8あたりまで絞った方が良いです。おそらく周辺の画質が向上するので、A4あたりのプリントでは気づきにくいですが仮にA2以上の大伸ばしにすると気になってくると思います。
カラー写真なので自分の色を追求することを大事にしてみてください。後一歩です!
〔左)元の作品 / 右)新納翔師範によるレタッチ見本〕
※スライダーのドラッグで表示画像を切り替えられます
師範より10月後半の総評
今回は波乱を呼ぶ作品がありました。パパさんの箪笥の上に置かれた陶磁器の写真です。
中々風情ありとコメントにあるのですが、正直にいってこれは本気で出しているのかそれとも私を試すためにあえて変わった写真を出したのか最後まで判断できませんでした。一つ言えるのは一般的には高評価のつく写真ではないということ。ただ、何回見ても心がざわつくのですよね。なにも心地よい写真だけが良い写真ではありません。
メインは陶磁器のはずなのにやたら引いて、引っ越したてのような無機質な部屋が写っている。しかもストロボを使ったようにも見えますが光線ムラがある。それでいて三脚を使って丁寧に撮影されている。
ここまで来ると、「これはもうこういう作品なのだ!」というパワフルな作者の気持ちに負けてしまい、何も言えなくなってしまいました。変わった作品かもしれないけど、これは一つの完成形であって私はそれを受け入れる以外の選択肢がないようにさえ感じてきたのです。
やはりオリジナリティというものは大切です。今回は総評にかえて、この写真について皆様にも考えて頂き、良い写真とはなにかということを自問自答してみてください。
記念品は11月中旬にお届け予定ですので、しばしお待ちくださいませ。
その他の投稿作品をご紹介
最後に、10月後半のお題の投稿作品の一部をご紹介させていただきます。
こちらは師範の評価とは関係なく、今後挑戦される方に参考にしていただけるよう編集部にて選んで掲載しております。
〔クリックで写真が大きくなります〕
以降のお題へのご投稿もお待ちしています!