カメラを持って出掛けると、なんでもない日常が、光の輪郭をもって浮かび上がる。
第10回「路上が教えてくれた事」
前回、「ギャラリーってどんなとこ?」で書いた様に、三十歳頃の私は路上で写真を販売していました。大阪・梅田ナビオ阪急(当時)の先端辺り。そこで写真を買ってくれたり、差し入れをしてくれたりする人達と出会い、写真で人と繋がる事の面白さを知りました。それまでは、「俺の写真は凄い」と勝手に思っているだけで、やっている事と言えばたまに写真を撮って、年に数度フォトコンテストに応募するくらいでした…。コンテストで賞が取れなくとも、たいした努力もしていないから、悔しくもなかったように思います。
写真を始めたからには、自分の好きな写真を撮って食べていきたい。漠然と「写真家」というものになりたいと思っていました。それは、今思えばウルトラマンになりたいと夢見る小さい子供と変わりませんでした。
SFの世界のウルトラマンにはなれませんが、写真家にはなれます。そのために必要な事のひとつが人や社会と繋がる事ではないかと思います。作品は何かとの繋がりがなければ生まれません。私が好きな写真家/須田一政さんは寺山修司主催の劇団『演劇実験室 天井桟敷』の専属カメラマンとして関わった事が、その後の作品に影響したそうです。
写真で人と繋がり始めると、写真関係の人を紹介してもらったり、情報を教えてもらえたりします。すると、好きな「写真」で食べていく方法は、撮る事だけではない事にも気付きます。美術館やギャラリーで研究・収集・展示・保存・管理などを行うキュレーターや、雑誌や写真集に関わる編集者、写真学校で技術や歴史を教える講師など様々な職業があり、写真と関わって生きていく事が出来ます。(この辺りは、またの機会に詳しく書きますね)
実際に写真で人と繋がってわかったのは、お互いの顔が見える状態で、作品を見てもらえる嬉しさや、作品について自分の言葉で話す楽しさ難しさです。特に自分の写真について話す事は、自分の思っている事を整理して次の作品への糧となりました。撮った写真を自分で満足して引き出しに仕舞って持っているだけでは決してわからなかったでしょう。
路上での販売がいいよという事ではなく、身近な人に写真を見せたり、募集型写真展に参加したり、とにかくどんな形でもいいので、作品を外の世界に出してください。始めなければ始まらない。あなたの写真は、人と社会と繋がっていくことで最初の一歩を踏み出します。
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