カメラを持って出掛けると、なんでもない日常が、光の輪郭をもって浮かび上がる。
さぁ、今日もカメラを持って出掛けよう。
第8回「写真の意味?」
この写真で何が言いたいの?
この言葉は、私が写真学生だった時に、教授がある生徒に向けて言った言葉です。それは写真講評の時間でした。まだ一年生だった私たちは、作品を見せる事にも慣れていなくて、教授の厳しい言葉に、ビクビクしながら自分の講評の順番を待っていたものでした。
何が言いたいとか、意味とか必要ですか?
その生徒は答えました。さらに、「言葉に出来ないから写真を撮ってるんです」「なんとなくかっこいいいとかじゃダメですか?」とか持論をぶつけました。おぉ!教授に口答えするなんて、凄い!私もそう思うぞ!と思ったのを覚えています。
残念ながら、それに対する教授の答えは覚えていません。当時の私に腑に落ちる説明ではなかったのだと思います…。
言葉に出来ないから写真を撮る。
なんとなく、かっこいいように思いますが、他のアート、絵や音楽に置き換えて考えてみると、ちょっと疑問に思います。絵も音楽も何もないところから生み出されます。そこに想い(言葉)がなければ、やはり生まれてこないと思うのです。
今思えば、この生徒の「言葉に出来ないから写真を撮る」の言葉の奥には、言葉に出来ない想いがちゃんとあるのです。ただ、それがまだ上手く出来ずに、意味を問われ、反発したのだと思います。
写真は、目の前の風景を切り取って作品にします。(もちろん、例外はあります)そういう意味で、私は俳句に近いと思っています。目の前の風景を見て、その時の自分が何をどう感じたのか。俳句なら五・七・五(十七音)という短い言葉で、写真なら広い世界を切り取って、ひとつの作品にするからです。
さぁ、カメラを持つ目の前の風景を言葉にしてください。難しく考えなくていいです。まずは、箇条書きにする様に言葉にしてください。
例えばこんな感じ。
・大通りから入った路地
・陽の反射が作るゼブラ柄
・黄色い車
・前を通り過ぎる女性
えっ!そんな事、何の意味があるの?と思うかもしれませんが、でも騙されたと思ってやってみてください。目の前の風景で自分が気になったもの、そして、どうしてそれが気になったのかを言葉にする。言葉にするって、やってみると面白いんです。きっと、自分の写真の意味、うんと飛躍して考えたら“自分自身”が見つかりますよ。
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